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第77号:紅麹成分を含む健康食品の問題から思うこと

 現在、紅麹成分を含む健康食品を原因とする健康被害が、テレビやインターネットなどを介して大々的に報道されています。健康被害に遭われた皆様の回復を祈りつつ、原因が早期に究明されることを願っています。私は食の安全を教える立場であり、さらにキノコなどの食品に関連した微生物を対象とした研究をしているため、注意深く見守っています。その中で、紅麹を毒と見るような誤った意識が広まっており、さらに関係のない食品微生物まで忌避する流れが広がっているように感じます。今回は紅麹とその生産に関わる紅麹菌について、私が知っていることを書きたいと思います。

老酒 壺

 日本には白麹、黒麹、紅麹と呼ばれるものがあります。これらはいずれも米などに糸状菌と呼ばれるカビを生やして作られます。白麹は日本酒、味噌、醤油、甘酒など、日本を代表する発酵食品の原料として使用されています。黒麹は沖縄の泡盛などの生産に使われています。両者ともアスペルギルス(Aspergillus)属の糸状菌が発酵に関与しています。一方、紅麹は赤色の色素を生産するモナスカス(Monascus)属の糸状菌(紅麹菌)を繁殖させて作られます。紅麹もまた発酵に関連する微生物として有名です。沖縄では、紅麹は「豆腐よう」 などの発酵食品作りに使用され、長年の食の伝統があります。沖縄の特産である島豆腐を泡盛と紅麹に漬けて、発酵させることが特徴です。さらに、中国や台湾でも紅麹は紅酒や老酒などのお酒の製造に使用されています。これらのお酒は長期の発酵工程を経ており、紅麹ともち米を混ぜた後、アルコール発酵のために酵母や乳酸菌などを添加して熟成させます。発酵が短いものは紅酒と呼ばれ、期間が長くなると黄色に変化して老酒(紅老酒とも呼ばれます)になります。老酒は3年以上も熟成させることがあります。泡盛は40%以上のアルコールを含んでいるため、紅麹菌の生育は静止します。同様に、紅酒や老酒でも生成されるアルコールの作用により紅麹菌の生育は静止します。発酵工程では、静菌状態の紅麹菌が生産していた酵素やアルコール条件下でも活動できる別の発酵菌が生産した酵素の作用により、原料成分由来のタンパク質や多糖などが分解され、比較的低分子のアミノ酸やペプチド、単糖、オリゴ糖などが生成され、独特の風味が生まれます。

天然物だから安全なの?

 私は授業の中で学生に「天然物だから安全なの?」といった問いを投げかけ、その後、色々な天然物食品に潜むリスクについて説明しています。紅麴菌は天然物ですが、その一部はカビ毒であるシトリニンを生産することが知られています。シトリニンはモナスカス属だけでなく、アオカビで知られるペニシリウム(Penicillium)属の糸状菌が生産することが知られています。また、1950年代の第二次大戦後の食糧難の時に起こった在来黄変米の原因となったカビ毒の一つとしても知られています。
 紅麴は「血中のLDLコレステロール値を正常に保つ」効果のあるロバスタチン(モナコリンK)と呼ばれる物質を生産します。このロバスタチンは薬としても使用されていますが、取りすぎると健康被害を引き起こす可能性があります。ロバスタチンによる効果を得るためには、一日あたり10mgを摂取する必要があり、これを紅麴から得ようとすると600mgを摂取する必要があるそうです。計算すると紅麴の乾燥物には約1.6%のロバスタチンが含まれていることになります。ヨーロッパでは紅麴サプリメントによる健康被害が報告されており、一部の紅麹菌が生産するカビ毒シトリニンが原因と考えられました1)。シトリニンはヒトにおける腎毒性の懸念があるため、欧州では紅麹調製物中のシトリニンの基準値が2,000 μg/kgに設定されています。すなわち、1g中にシトリニン2μg以下にすることが義務づけられています。
 こういった健康食品にはリスクとベネフィットの両面が存在していることを理解する必要があります。サプリメントなどの健康食品は有効成分を濃縮したものであるため、高いベネフィットとともにリスクも高くなる可能性があります。健康食品については、ベネフィットを理解するとともにリスク評価が適切に行われたものを、専門家と相談しながら適切に利用することが重要です。食品安全委員会の、いわゆる「健康食品」に関する検討ワーキンググループで注意事項が述べられています2)。また先に紹介したような発酵食品は、製造工程で原料と混ぜられ、さらに長期間の発酵工程もあるため、風味が濃縮されるのに加え、リスクとなりうる物質は薄まったり分解されたりする傾向にあります。したがって、「豆腐よう」や紅酒や老酒など紅麹を用いた種々の発酵食品の健康被害上のリスクは低くなると考えられます。余談ですが、キノコの一種であるヒラタケにもロバスタチンが乾燥重量当たり0.7~2.8%含まれているそうです3)。ただ、ヒラタケを一度に沢山食べてしまうのは避けるべきです。不溶性食物繊維が豊富なので、便秘になってしまうかもしれません。

豆腐よう

 また、SNSなどの発信で、一部の消費者が食品添加物であるベニコウジ由来色素の安全性を危惧しているのを目にしました。紅麹菌は赤色と黄色の色素を生産しており、これらがそれぞれベニコウジ色素(モナスカス色素)とベニコウジ黄色素(モナスカス黄色素)として食品添加物に用いられています。これらベニコウジ由来の色素については既存添加物と呼ばれており、1995年の食品衛生法改正の時点ですでに販売、製造、輸入、使用などが行われていた天然添加物です。長い食経験があるとともに、これまで大きな健康被害は報告されていません。また、今回の健康食品と製造方法が異なっており、ベニコウジカビを液体中での培養後に色素の抽出と精製操作が行われた色素以外の化合物をほとんど除かれたものが、食品の着色の目的のみに0.3%~1.0%程度の濃度で微量に用いられています。さらに、厚生労働省の発行している第10版「食品添加物公定書2024」では食品添加物について記載があり、ベニコウジ色素の純度について詳細に記載されています4)。その中には、ベニコウジ色素中に残存するシトリニンの濃度は0.2μg/g以下となっており、EUの定める紅麹調製物中のシトリニン基準値の1/10の値ですので、リスクはかなり低いと言えます。一般社団法人日本食品添加物協会でも2024年3月26日付けで、ベニコウジ由来の色素の安全性について発信されています5)

着色料

「全ての食品は、安全なわけではなく、安全な量がある」という言葉は、退職された上司からの受け売りではありますが、食品安全の根本的な考え方です。したがって、今回の事件を通して発酵に関わる微生物全体を過剰に恐れるのではなく、バランスの良い食事メニューの中でしっかりとそれらを食べていくことが重要です。リスクとベネフィットを理解し、賢く対処していくことこそ、「食品安全学」という学問の中で伝えていきたいことです。