図書館MENU

「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
カビ・キノコが語る地球の歴史 菌類・植物と生態系の進化

カビ・キノコが語る地球の歴史 菌類・植物と生態系の進化


小川真 (築地書館 2013年)
2015/11/17更新201511号
分類番号は474.7。「これはいけると思ったときは、必ず世界のどこかで誰かが、同じことを考えているものである」。研究者あるあるも楽しめます。これぐらい書き倒してくださると、どんな分野でも面白いのかも。

うー、いつも、割と本気で筆者は「これ読んでほしい。こう楽しい。ああ、そこにある面白さ」的なキモチで当欄に臨んでいるですが。この、本文250ページ越え、ナントカ菌とかカントカ科とか、マカ不思議な名詞の連打が続く本書をうまくご紹介できますかどうか。「おぉアレか」なんて言う方はレアだろうしな、だって、テーマはカビとキノコ。
その分野に関心のある方はとっくに手に取っておられるだろうし、そうじゃない方がどうしたハズみか当欄を読んで下さったとして、この厚みを前に(手に持つとさらに)読む決心をして下さるか。くじけそうですが、でもトライ!
本書はですね、カビやキノコがどういった役割を地球上で果たしてきたか、他生命体や環境とどう絡んできたかを丁寧に丁寧に追っていて、なんだか「地球オペラ」みたいなスケール感のある、ちょっとしたテレビスペシャル(かなりビジュアル本気なやつ)を堪能してしまったときのような感覚が味わえます。こう書く筆者はカビキノコ素人で、ドレを読んでもまったくビジュアルがついてこず、もやもやっと分解や寄生や、めたもるふぉーぜやとらんすふぉーむをナンだカンだと想像だけで乗り切りましたが、それでもファンタジー感ちゃんと沸いてきました。ちょっと詳しい方や、ナショジオっぽいノンフィクションにノレる方には絶好と思います。
ただね、分厚い本はちょっと、とか、時間がなくて、という方にはけっこうな分量で、内容は前述のとおり「地球上で繰り広げられる生命ショーを、えんえん追った!」という感じですから、スターっぽい存在も、見せ場もないしで(あえて言うなら恐竜絶滅のあたり?菌類がもしかしたら黒幕的なくだりは『宇宙戦争』みたいと、言えば言える)、どこまで続くんだこの増えたり絶滅したり合併したり吸収したり企業名変わったり(あれ?)は!と、途中でホトホト参ってしまうかもしれません。それが心配。
でもなんだか、独特の「愉快さ」があるのです。
著者がですね、もちろんこの分野の大家で、執筆当時70歳代半ば位。ベテランというよりもうレジェンドに近いくらい? そういう方の「語り尽くした!」というオーラが大気圏のように包んでいる、この、一冊。
書いているときより、考えているときの方が楽しかったんですって。
いかにして無機物の中から生命が生まれたか。どう進化したか。多くのことが判明していますが、それでもまだまだ「具体的なところは詳細不明~」。何せ大気や地上の状態は再現不可だし、植物や菌は、化石も動物のようには残らない。本文中で何度著者が「想像の域を出ない」「これは憶測にすぎないが」「断言はできないが」などと繰り返したことか。
でも、語らずにいられなかった。
これ以上手を入れていてもキリがない。文献を駆使し学術書として出したら数冊になったという。もう、えいやっとまとめて、あとは後進に託す!というくだりが印象的でした。つまり、本書は学術書ではなく「専門家が超本気で書いたエッセイ」のような、えらい教授がふと興に乗って、とことんしゃべり倒したのを、偶然そばで聞いたような、そんな妙なライブ感がある本なのです。
「状況証拠から、想像してみますね」と、先生は持てる知識と記憶とお友達を総動員して「ひとり生命ドキュメント」を開催します。ページ数たっぷり、余裕たっぷり。だんだんその(何か、通常より成分過多な)空気を吸って読んでいるうちに、まったりとショーに引き込まれていくのです。
長い研究生活がしのばれる「○○を翻訳したとき」「××という研究所にいたとき」「審査員をやったとき」「これを依頼されたとき」「どこを訪れたとき」等々の記述…研究って多彩だなと、印象も新たになり。研究者同士の、論文を贈られたり著書を読んだり、一緒に遠出したり、刺激をやりとりする交流にも心惹かれ。

「いまわかっている情報」のちょっと先の、「研究者がたどり着こうとしている未知」を読む醍醐味。90年代にゲノム解析が登場し、系統樹が激変したと本書にもあるように、またあらたな局面を迎える可能性はあります。それでも今あるカードを駆使して未知を探ろうという情熱を、どこかゆったり味わえる、これも読書の痛快さだと思うのですよ。

なお、地球上の、今の環境についてもニュートラルに語っておられます。「二度と再び、同じ状態に戻ることはないのである」。生命の栄枯盛衰スペクタクルをひととおり堪能したあたりから不意に登場するので、そのハードボイルドさが突き刺さる。うぅ。

図書館 司書 関口裕子