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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
江戸時代動物園 江戸時代人が見た動物たち展

江戸時代動物園 江戸時代人が見た動物たち展


(帆風美術館 2008年)
2016/05/31更新201605号
分類番号は721。空中に飛び上がった鰭の動き、口の開き方までが鮮烈な、北斎の「鯉図」。これだけでも満腹じゃ・・・でも原在正の「猫図」は別腹でいける。

最高320分!という前代未聞の待ち時間でも度肝を抜いた、某上野の展覧会。「生き物絵の格別感」をずずいと実感した。生きた存在を、写真ではなく絵という表現で二次元に写し取る、という勇敢な行為に、みんなどこかで魅せられるのだ。
これが特定の人物像だったら、その人物への興味や知識で作品の存在感もいや増すだろうが、生きものとなると鶏は鶏、オウムはオウムだ。が、それがこうやって「人の手で」描かれ、絢爛と登場すると…そのミリョクは果てしない。いやぁ感服つかまつりました。
さて、興奮冷めやらずGW明け職場に戻り、いつものように書架を眺むれば、当館にもちゃあんとこんな一冊があったのである。

当館は動物や食品に関する資料を時々ご寄贈いただく。本書は、平成20年にいただいた展覧会の図録である。この帆風美術館は「デジタル光筆画」というカラー印刷技術での複製画展示館だそうで、この展覧会の内容は、国宝まで含まれなかなか幅広い。解説も、平山郁夫氏を始め、魅力的な布陣の文章を集めている。絵だけではなく画家についての解説が詳しいのもありがたいところである。

さて以前、当欄でも取り上げた歌川国芳を始め、近年、数多く江戸アートが紹介されているが、本書はご存知お城や寺院を飾るブランド流派・狩野派や琳派から、若冲や長沢蘆雪など京都画壇の面々まで、ジャンルを問わず「生きもの画」を集めているのが特徴。妙心寺の「八方にらみ」の雲龍図などでその名を轟かす狩野探幽、国宝「風神雷神図」で知られる俵屋宗達など、ビッグネーム達がどんな生きものを描いたか、あらためて堪能する喜びとともに、未知の画家の発掘がまた楽しい。
例えば振り向いた猫のおちりをプリッと描いた椿椿山の「君子長命図」、なんだか毛並みがリアルで愉快な山本梅逸の「文豹図」、構図の取り方がどこかモダーンな柴田是真の「滝登鯉図」、うーんどれも他の絵が見たくなる。また「若冲の鶏」だけでなく、他にも「徹山の狸」「岸駒の虎」「狙仙の猿」といった、特定の動物を得意としたブランド現象があったのもわかり、これも他の絵が見たくなる。そして狩野探幽の「獺図」(カワウソ)、長谷川等伯の「烏梟図屏風」、尾形光琳の「竹虎図」など、大御所の意外にもかわいい絵も、やっぱり他の絵が見たくなる。なんと言っても総勢71名の豪華さだ。これからまた絵を見るのが楽しくなりそうであることよ。
さらに、本作でクローズアップされているのが「カタログの魅力」で、イチオシが円山応挙の「応挙写生帖」である。鳥と虫(そしてカエル)の写生画集なのだが、全身像だけでなく羽を広げた裏っ側や、俯瞰図や底面(?)図、部分アップなど、3D映像に加工したいぐらいの細かさである。長谷川雪旦(父)・雪堤(息子)コンビの「魚類図」「魚介図」も、これがまた秀逸で、鯉や鯛など初心者向けから亀、マンボウ、海馬、ハリセンボン、エイ、アシカ、カブトガニ、とレア度は増していき、はては人魚まで描いてある! それがムダにリアルだから本気なのか冗談なのか。
他にも長崎の鑑識職(舶来書画選別係)だった広渡湖秋の達者な絵にはわけのわからない動物まで描いてあったりして、本当に世界は広い。こういう人や、こういう役職や、こういう書画が世の中にはあったのか。

応挙や北斎といった大家の師や弟子筋に当たる画家も紹介されていて、江戸アートの層の厚さと広がりを再確認。生きものを描く誘惑、描かれた生きものを見たいという誘惑、それは現代までずぅっとつながっているのだなぁ(しみじみ)。
フカフカ、つやつやした生きものたちを堪能するだけでもよし、未知の画家探求に出発するのもよし、奥の深い世界がビジュアルで広がる楽しい一冊である。巻末の出展画家年表がわかりやすくて、なにげに重宝しそう(若冲、応挙、蘆雪はほとんど同時代人)。これは動物に関するトピック史にもなっている。
ちなみに若冲掲載は白い「鸚鵡図」。墨画の「鶏に箒図」。そしてあの「樹花鳥獣図屏風」は折込みの特大画像で、獣医師である教授のがっつり解説つき。
これ、一角獣もいたのか…。

図書館 司書 関口裕子