この一冊
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分類番号は489.83。
こういった問題は本当に複雑で、やはり研究というのは大切だと実感する。場当たり的な方策だと泥沼化する一方だ。いろんな知恵を結集するべきで、そのためにも本がどんどん読まれてほしい。

びわ湖の森の生き物6 泳ぐイノシシの時代
-なぜ、イノシシは周辺の島に渡るのか?-

高橋春成 著(サンライズ出版 2017年)
2019/02/7更新 201901号
なぜ、この研究をなさっているのか。何の研究について読むにしろ、いつも気になり、前書きとかプロフィールとか後書きとか、キッカケが書いてないか(ネタバレっぽいが)つい最初に探して読む。
それにしても本書の「はじめに」は、いやぁ、わくわくしたなぁ。
イノシシは、山の生きもの(『もののけ姫』にも印象的に登場していた)。山に棲み、木の実や昆虫を食べて、最近は里を荒らしたりする、そういう動物。
「生物地理学」を専門とされる著者先生にしても、そのての認識だった。それが、今!
イノシシが泳いでいる。泳いで、海を渡り、湖を渡り、生活圏をぐんぐん拡大している。
そしてそれは、どうやら日本で殊にめざましい現象らしい。だが誰も研究していない。
自分がしないでどうする!!という、先生のドキドキ感がぐいぐい迫って来た(いや、本当はもっと冷静に判断されたのだろうが)。

それにしても、泳ぐイノシシ、いるわいるわ! 瀬戸内海、九州、南西諸島、そしてびわ湖。調査する先々に必ずといっていいほどイノシシ報が出てくる。生々しい目撃情報も多くて、あっちでもこっちでも水上でニンゲンを驚かしている感じだ。そうだよなぁ、フツウに山道で出会っても驚くのに、水上で「流木かな」とか思ったらスイスイ泳ぐイノシシだったら、そりゃ仰天するわな。
その距離も、2~3キロはざら、10キロ超えも当たり前、20キロ単位の移動もどうやらあるらしい、潮流がそこそこあってもイケてしまうようで、なかなかの泳力なのである。目撃情報は「思ったより早かった」「犬搔きの要領で達者に泳いでいた」と、一様にスイマーとして高評価なのだ。
というかイノシシは、そもそもかなりパワフルなのだ。嗅覚も鋭く、頭もいい。強い繁殖力もある。何より体格がよくて力がある。泳ぐだけでなく、雪中を漕いでいくこともできる(本書でも撮影されていてインパクト大であった)。スタミナも充分で、滋賀県大津市でGPSを装着された雄イノシシが、京都の丹波を抜けて福井県小浜まで到達していて、直線距離でもおよそ50キロの移動距離が観測されたそうだ。
そのチートっぷりに、いまさらながらビックリだ。

耕作地の範囲が拡大していった江戸時代から明治期、いったん生息範囲は縮小していた。「この辺りでは絶滅した」とされていた地域も多いのだ。
それが、高度経済成長期あたりを境に反転する。
要因はいろいろだ。温暖化も一因だし、ぼたん鍋などの流行で意図的にイノシシやイノブタを導入し、それが野生化してしまったという状況も随所であるようだ。各地で過疎化が進んで藪なども増えた。イノシシだけでなく、タヌキやキツネ、サルやウサギやハクビシンなどが往来するケモノミチ繁華街の有様が、本書でもカメラで捉えられている。
しかしなぜ、イノシシは泳ぎだしたか。ある日突然、「そうだ、海を渡ろう」と思いついたわけではないよね。読めば、そもそも水浴び行為などをする動物で、水との親和性は高いという。「自発的に泳ぐわけではない」という認識があるようだが、著者の意見では「自発的にも泳ぐ」。火事や猟犬に追われて闇雲に海に飛び込むだけではない、どう考えてもイノシシが「行けるな」と判断してスイミング移動をしている現象が説かれている。
だいたい、泳いで移り住むだけではないのである。食べ物の量や環境要因(猟が始まったとか)に応じて「泳いで往来」という生活パターンを取っていることも確認されるのだから、昨今のイノシシ的モダンライフは想定外に過ぎる。

連鎖してどんどん動いていってしまう生態系というものにショックを受けるのも、こういった本では毎度のことだが、当初はいなかった地域でイノシシがいったん繁殖してしまうと、その被害はそれにしても甚大で、半端ない。「イノシシは泳ぐ!」ことをもっと認識して、早め早めに対応しなければ手遅れになる。すでにイノシシに悩まされている地域の方々も多いのだから。
ただ今回は、それだけじゃなく、イノシシ力になんというか、脱帽した。
イノシシにしてみれば、現状突破の打開策が「泳ぐ!」だったのだ。そして次々に泳いだわけだ。生命って、まだまだ、計り知れない。
ニンゲンもね、生きにくい世の中だけど、だからといって守りを固めるだけではダメっぽい。がんばらんといかんと自戒。イノシシだって泳ぐんだから。


図書館 司書 関口裕子