食のいま
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第16号:「囲炉裏のある風景 」

 信州の北部、山の中、所々に大小の集落が点在している。昔は当たり前の茅葺きの家も現在では、ほとんど姿を消し、同時に家族の団欒の場であった囲炉裏も数えるほどしか残っていない。今回はその中の一つ、築250年の茅葺き古民家を紹介する。家は一抱えも二抱えもある柱や梁を縦横に使い、釘は一本も使っていない。現代の建築からすれば、とても信じられない作りとなっている。当然そこには、年代を経た風格と雰囲気が醸し出される。
 玄関の引き戸を開けると、正面に囲炉裏の間がある。寒くなると、大きな木を燃やして暖を取る。昔ながらの囲炉裏の風景がそこにはある。黒光りする柱や梁、白い煙はその漆黒の天井へと吸い込まれていく。囲炉裏には、自在鉤が吊るされ、それに鉄瓶や鉄鍋が架かり、生活の用を足している。直火で川魚やモチを焼き、鉄鍋で時間をかけ、コトコトと煮込んだ山菜粥を、フウフウいいながら食べる美味しさ、また秋の夜長、この空間で一献傾けるのも一興だ。  落ち着いた雰囲気の中で、ゆったりと寛いで食事を愉しむ時、人は時間を越えて古人になった気分に浸れる。誰でもノスタルジーを感ぜずにはいられないだろう。懐かしさとぬくもりが心を和ませる。
 日本の素晴らしい伝統的な食文化継承が、囲炉裏と共になくなってゆくことは、とても淋しく残念である。
作者:伊藤 整(医食文化学教室 教授)
一言: 囲炉裏と食卓…形が変わっても、そこは家族の絆を深め、温かい心が
伝承されていくとても大切な場所です。
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