研究内容
特色ある研究プロジェクト採択課題の動画

伴侶動物の悪性腫瘍に対する分子標的治療に関して、様々な視点から研究を行ってきました。現在は主に1)チロシンキナーゼ(TK)阻害剤耐性を獲得した犬の肥満細胞腫に対する克服戦略の構築と2)犬の扁平上皮癌に対する分子標的治療の開発をテーマとして研究を進めています。
1)TK阻害剤耐性を獲得した犬の肥満細胞腫に対する克服戦略の構築
犬の肥満細胞腫は主に皮膚に発生する悪性腫瘍です。発生頻度が非常に高く、臨床上きわめて重要な腫瘍です。一般的に手術・放射線療法が治療の主軸となりますが、状況により抗がん剤やTK阻害剤が用いられます。犬の肥満細胞腫では約30%の症例でKIT遺伝子に機能獲得性変異(右図)が認められます。腫瘍細胞がKIT遺伝子に機能獲得性変異を持つと、多くの場合KITを標的としたTK阻害剤が奏功します。一方、TK阻害剤による治療では、治療経過とともに腫瘍細胞が耐性を獲得し、最終的にほとんどの症例において腫瘍は制御不能となります。
これまで肥満細胞腫のTK阻害剤耐性化について、当教室の研究から:
① KIT遺伝子に二次変異が生じ、KIT蛋白が再活性化する
② KITの側副シグナルが活性化し、増殖シグナルが下流に伝達される
③ KITのユビキチン化の低下によりKITが過剰発現し、増殖シグナルが増強される
④ 超微量のTK阻害剤耐性クローンが予め存在し、これがTK阻害剤存在下で増殖する
と言ったメカニズムが存在することが明らかになりました。このように、腫瘍細胞は様々な分子機構を動員することでKITを質的あるいは量的に変化させてTK阻害剤の作用を回避し、最終的にTK阻害剤に対して耐性を獲得します。この問題を克服するため、現在、KITの下流シグナル伝達系の調節因子SHP2を標的として新たな治療戦略の構築を試みています。まだまだ道半ばですが、この研究がうまく進めば、肥満細胞腫のTK阻害剤耐性に対して新たな対抗手段が構築できるかもしれません。

2)犬の扁平上皮癌に対する分子標的治療の開発
犬の扁平上皮癌は、皮膚、口腔内、鼻腔内、扁桃などに発生する悪性腫瘍です。一般的に手術や手術と放射線治療の組み合わせが治療の主軸となりますが、切除が難しい状況や転移があるなどの状況では治療が難しくなります。このような状況の扁平上皮癌に対する新たな治療法として、分子標的治療の開発を進めています。
これまでの当教室の研究により、犬の扁平上皮癌では:
① survivinが過剰発現している場合があり、そのような癌細胞ではsurvivin阻害剤によってオートファジーが活性化し細胞死が誘導される
② 特定のキナーゼが増殖の鍵になっている場合があり、そのような癌細胞では特定のTK阻害剤によって細胞死が誘導される
③ 細胞周期の制御分子に異常を持つ場合があり、そのような癌細胞では細胞周期を標的とした分子標的薬によって細胞死が誘導される
と言った事を見出してきました。しかしながら、これらのメカニズムについてはまだまだ不明な点が多く存在します。また、これらは主にin vitroあるいはマウスモデルを用いたin vivoでの発見であり、これらのメカニズムが実際の症例に存在するのか、存在するなら治療標的としてどれだけ期待できるのか、治療の個別化はどうするのかと言ったことも検討する必要があります。臨床応用に至る道のりはまだまだ長いと考えていますが、新たな治療の開発には地道な研究を一歩ずつ進めて行くしかないと考えています。
3)その他
その他、犬の組織球性肉腫や猫の骨髄腫関連疾患などに対する分子標的治療についても研究を行っています。