令和5年度 学位記授与式 学長式辞

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

令和5年度 学位記授与式 学長式辞

 本日ここに学位記授与式を挙行できますことは、本学にとって大きな慶びです。大学院獣医生命科学研究科博士課程、同後期課程、同前期課程、博士論文審査合格、獣医学部獣医学科、同獣医保健看護学科、応用生命科学部動物科学科、同食品科学科の卒業生の皆さん、誠におめでとうございます。学部4年間ないし6年間、大学院2年間ないし4年間の皆さんの継続的な学びへの意欲と努力に心から敬意を表します。

 さらに、学校法人日本医科大学理事長坂本篤裕先生をはじめ、ご来賓の皆様にご臨席賜り、誠に有り難うございます。また、保護者の皆様におかれましては、これまで本学に対し、多大なご支援をいただき、誠に有り難うございました。

 この春の日に、この様に多くの方の祝福のもと、未来へ旅立つ皆さんに、教職員を代表し、改めて心よりお祝いを申し上げます。

 さて、皆さんは、それぞれの思いを持って本学に入学されたのだと思います。その思いは達成されたのでしょうか。まだ、道半ばでしょうか。あるいは大きく変容を遂げたのでしょうか。皆さんの大学生活を振り返った時、やはり大きな影響を及ぼしたのは、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックだったのではないでしょうか。

 同感染症は2019年の年末に中国武漢で発生し、瞬く間に世界中に拡散し、翌年1月16日には国内初の感染者が報告されました。獣医保健看護学科、動物科学科、食品科学科を 修了される皆さんの多くは、入学試験の時期であったでしょう。当時入学試験委員長であった私は、入学試験への影響を心配しました。マスクの着用や換気の徹底などで試験は実施され、皆さんを迎え入れることができましたが、その後の感染拡大によって、入学式は中止となり、授業の開始も大幅に遅れました。

 博士課程や獣医学科を修了される皆さんにとっては、研究室に所属し、研究活動や専門課程の実習に取り組もうとした矢先に、緊急事態宣言が発令されました。私は2020年4月から教務部長を拝命していたため、流れてくるニュースと文部科学省からの通達を前に途方に暮れ、どの様に皆さんの学業を維持したら良いのかと悩みました。講義をオンデマンドで行い、実習を少人数制で分散して行うことで対応しましたが、その後も、コロナ禍は容易には収束せず、対面での研究・教育活動は大きく制限されました。

 この様な困難な状況においても、皆さんは環境の変化に対応し、必修の専門科目を全て修得され、卒業論文、修士論文、博士論文も提出されました。今こうして立派に、はつらつとした姿で学位記授与式を迎えられているのは、皆さんの環境の変化に対する適応力と、危機的な状況においても努力と工夫を継続できる忍耐力の結果であろうと感心致します。

 コロナ禍が収束を迎えつつあった2022年2月にはロシアのウクライナ侵攻に伴って戦争が勃発し、それは未だに終結を迎えておらず、昨年には新たな戦争が発生しました。さらに、国内でも元日に能登半島地震が発生し、同地域は壊滅的な被害を受け、復興のための支援が続けられています。この様に、近年、日本においても、世界的な規模の感染症、戦争、災害などによって、多大な損害や、生命の危機、人生においての不利益に曝される可能性が高くなってきているように思われます。それでも将来に向かう皆さんはその歩みを止めるわけにはいきません。10年先、20年先、30年先を目指して、この不安な世界において努力を続ける必要があります。そして、今後も人類は様々な危機に直面するでしょう。その都度、英知を結集し、危機を乗り越えていかなければなりません。

 何百万人もの命を救い、ノーベル賞に輝いたmRNAワクチンの実例は、地道な研究成果の蓄積が人類を救う鍵となることを示しました。さらに、科学的論拠に基づく方針決定と人々の適切な行動が、危機管理において重要であることも明らかになりました。情報網の発達によって、誰もが世界中の情報にアクセスできるようになるのと同時に、人々を誤った方向へ誘導する誤情報も流布されています。皆さんは、それぞれの分野の専門家、研究者、科学者として、真剣に仕事に向かう一方で、正しい情報を入手し、科学的な判断に基づいて行動することで、それぞれの職場や立場においての役割を果たしていって下さい。しかし、一人で抱えきれない問題にぶつかり、悩みや不安に押し潰されそうになった時には、是非、母校、特に皆さんを指導した先生や共に学んだ学友に相談してみて下さい。きっと真摯に向き合ってくれると思います。

 約3年間続いた大学施設の使用制限や、学外実習、クラブ活動、学内行事の中止などの措置は、順次撤廃され、学生が直接語り合い、友人を作り、学生生活を謳歌するという、以前の当たり前だった状態に戻りつつあります。コロナ禍の影響から、デジタル化はさらに加速し、新しいコミュニケーションツールが開発され、新しい価値観やビジネスも生み出されています。一方で、実体験や直接話すことの重要性も再認識されました。今後、皆さんが生きていく、ポストコロナの新しい世界は、これまでに人類が経験したことのない速度で変容を遂げていくでしょう。皆さんには、大学で学んだことを基盤として、新しい時代の変化に対応することが求められます。そのために、是非、自己研鑽を続けて下さい。

 人生100年時代と言われます。長く生きていれば、予想もつかなかった色々なことが起こります。歓喜も挫折もあるでしょう。その時に大事なのは、小さなことでも、今、目の前にあることに集中し、それを乗り越える努力をすることだと思います。そのことが次のステップへの準備になります。その様に学び続けることで、人生においての新たな発見もあるでしょうし、複数の目標を成し遂げることもできるかもしれません。

 最後に本学の歴史、学是、教育理念、到達目標を紹介します。入学式がなかった卒業生にとっては、初めて聞く話かもしれません。本学は、明治14年に9人の若い陸軍獣医官が協力して、文京区音羽の護国寺境内で開学した日本最古の私立獣医学校を起源としており、2031年には150周年を迎えます。当時の明治政府は殖産興業政策の一環として、畜産振興を掲げており、本学の誕生は時代の要請によるものでした。皆さんの式次第に学歌が掲載されていますのでご覧下さい。

 これは1939年に作られたもので、その4抄に「人の世恵む鳥獣を愛しみ護るも国のため、敬譲相和ゆるみなく、愛と科学の聖業にいそしむ日々ぞさかえあれ」とあります。この部分は戦後も改定されず、原文のまま歌い継がれているものです。第二次世界大戦に向かうさなかに、どの様な思いで、この一節をそっと最後の抄に歌い込んだのか。高い理想を掲げた9人の若人が共同で設立したという開学当時の歴史に思いを馳せたに違いありません。そして本学は、学是を「敬譲相和」、教育理念を「愛と科学の心を有する質の高い獣医師と専門職および研究者の育成」、到達目標を「愛と科学の聖業を培う」と定めています。

 「敬譲相和」とは、謙譲と協調、慈愛と人倫を育む科学者の創生を説いた箴言とされています。皆さんには、相手を敬い協調する姿勢を持ち、「愛と科学の心」、すなわち、動物愛、人間愛に溢れた科学者として、獣医師、専門職、研究者などの様々な立場から、社会を支えていって欲しいと思います。

 「愛と科学の聖業を培う」とは、人と動物の幸福を追求すること、そのために人材を育成し、社会に貢献することです。人と動物の健康や環境はひとつであり連動しているというワンヘルスの概念は、人と動物の福祉もひとつであるというワンウェルフェアの概念へと進化し、人類と動物が共に幸福に暮らすことのできる社会の実現が求められています。皆さんの本学における学びは、ワンヘルス・ワンウェルフェアに通じるものであったはずです。人獣共通感染症の制御、世界的な食料不足への対応、動物福祉の実現など、皆さんの役割は今後ますます大きくなってゆくでしょう。

 これからの人生、様々な人と関わり合いながら、困難を乗り越えていって下さい。そして、今日のような春の日にそっと過去を振り返った時、これで良かったなと思える、そんな人生をおくられることを、教職員一同、切に願っています。

 本日は誠におめでとうございます。

令和6年3月7日
日本獣医生命科学大学
学長 鈴木浩悦