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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
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魚の名前


中村庸夫 ( 東京書籍 2006年)
2010/09/01更新201011号
分類番号は487.5。著者の本は他にも何冊か所蔵しているが、筆者イチオシは『水中の擬態』(分類481.72)! 騙されたと思って開いてみてほしい。ちゃんと魚が騙してくれるから。生き物って、すごい。

魚や鳥の写真集には独特の楽しさがある。「いや、これ天然だから」と念押しされねば納得できない強烈な色彩や、「こういうヒトだから」と思わなければ奇抜すぎる体型の品種が多いからだ。それにしても本書は、著者(兼写真家)が「ダイバーで、釣師で、シーフード好きで魚市場めぐりをしている」ということで、まさしく魚道の達人、彼の手による写真は本当に「珍しく」「美しく」「ハズしていない」。
砂に潜むイシガレイや、砂からにょろりと出てきたチンアナゴ(狆穴子)、水面を滑空するトビウオの遠景など、その「瞬間」を堪能する写真。
体長の数倍の鰭をなびかせて泳ぐイトヒキアジ(糸引鯵)、桜のようなシロガヤの中を漂うニシキフウライウオ(錦風来魚)、そして紫色のイソギンチャクの間から、歌舞伎役者ばりにクッキリと鮮やかな顔をのぞかせたクマノミ(隈之魚)といった、とにかく美しい写真。
何よりもさまざまな魚の顔! 流し目のキアンコウ(黄鮟鱇)とか、カメラ目線をキメたウミスズメ(海雀)とか、デル魚と呼んであげたい。他にも真正面からネコバスみたいにニヤーッと笑ってるナマズ、いかにも「目、開けたまま寝てるっス!」と言わんばかりのホウボウ(魴鮄)など、書いているとキリがないくらいだ。

さて、メインディッシュの「名前」である。各魚(?)には名前とその由来、体形や色彩・性質の特徴などの解説がついている。この「名前と由来」が秀逸なのだ。声に出して読みたい名前の乱れ打ち、もう次から次へと読んでしまうのだ。魚によっては英名、中国名、それに主な地方名(地方独特の通り名)まで拾っていたりして、サービスもフルコース並みである。思わず皿を山盛りにしてしまう、一流ホテルのバイキング状態といっていい。
花魁楊枝、絹張、友禅、艶奴、梅色擬(ウメイロモドキ、と読む!)、釘遍羅、活惚(カッポレ、と読む!)…名前つけた人、みんなコピーライターですか? キングサーモンの和名:マスノスケ(鱒之介)も巧すぎませんか? 鰭に柊みたいな棘があるから魚偏に冬って書いて「鮗」っていうのもシブすぎませんか?
地方名も、和歌山では糸引鯵をノボリタテ(幟立て)、カゴカキダイ(籠舁鯛)をキョウゲンバカマ(狂言袴)と呼ぶとか、和歌山ってセンスいいぞ!と感嘆しつつ、イサキをカジヤゴロシ(食べた鍛冶屋が死んだという伝承から)、雀鯛をオセンコロシ(食べたお仙という女性が以下同文)と呼ぶと読んで、和歌山食中毒多くないか、と危ぶんだりして忙しい。
他の国の名を載せている場合も要チェックだ。海天狗の種小名draconisはラテン語の竜から。頭に突起のあるテングハギ(天狗剥)のunicornisは一角獣から。色鮮やかなタスキモンガラ(襷紋柄)の英名はPicasso triggerfish。素敵だ。太刀魚の英名cutlassfish(短剣の魚)、燕魚の英名batfish(コウモリ魚)など、発想が似ている名前もフムフムと思う。

そして書かずにはいられないツッコミ満載名たちである。アツモリウオ(敦盛魚)や、ホウセキキントキ(宝石金時)あたりまでは「遊びゴコロ」である。でもヒゲダイ(髭鯛)に似ているけど髭が無いからヒゲソリダイ(髭剃鯛)、タツノオトシゴに似ているけど属が異なるからタツノイトコ、は遊びすぎだろ! カサゴの一種かと思ってたけど違ったからウッカリカサゴ、なんて、ウッカリしてたのはその魚じゃなくて人間だろ! ブダイなんて、ウロコが鎧みたいだから武鯛、もしくは舞うように泳ぐから舞鯛、まではカッコイイけど、不細工のブで醜鯛かもしれない、までは言ってやるなや!

つらい残暑を忘れさせてくれるような、海色の素晴らしい一冊だが、コテコテな愉しみ方もあるとヒソカに言い添えておこう。

図書館 司書 関口裕子