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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
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分類番号は664.7。ホントーに地味な本だが、必要な本である。役に立つのを書架でひっそりと待っているだろう。『フジツボ』も稀にみる面白さなのでぜひ手にとって見て!

貝毒の謎-食の安全と安心-

野口玉雄・村上りつ子( 成山堂書店 2004年)
2009/12/1更新 200922号
「ヒトはまだ、食べている貝のことすら、知り尽くしてはいないのだ」

映画『武士の一分』を見て一番印象に残ったのは、主役ではなく「ツブ貝の毒」だった。
お毒見役が食中毒で盲目になる、という設定も新鮮だったが、「ツブ貝」ねぇ、知らないなぁ調べてみよう、と、思ったっきり忘れてしまい…。
本書を見て思い出したのだった。
が、本書には「ツブ貝」は登場しない。あれ?と思って別に調べたら「ツブ貝」というのは俗称というか通称というか、小型の巻貝の総称みたいなもので、正式な種や分類ではないそうである。エゾバイ科のものが多い、とあるので本書に戻ると5章の「その他の貝毒」のなかに“スルガトキシン―バイの毒―”を発見。
バイの中毒の症状は口渇、視力減退、瞳孔拡大、言語障害など、とあるので、やはりこれだろう。
そしてここで興味深い記述を発見。スルガトキシンは、貝が自分で作り出す毒ではなく生息地周辺の泥土中の細菌によるもの、とある。が、同じエゾバイ科のヒメエゾボラ、エゾボラモドキなどの唾液腺にあるテトラミンは「自前の毒」なのだ。これら「肉食(!)の巻貝」はたいていテトラミンを保有していて、北海道などではよーく知られているけれど、唾液腺も除去しないで売っているという。何故なら「肴にすると2倍酔えるから」!! それでいいのか! 人間って貪欲だなぁ。

本書は麻痺性貝毒、記憶喪失製貝毒、下痢性貝毒、神経性貝毒、その他の貝毒、輸入される貝類の貝毒、HACCPおよびCODEXと貝毒、という各章に分けて、それぞれの症状や症例、原因、予防などについて述べている。実感するのは、日本人がいかに貝と共に生きてきたかだ。魚介類を生で食べない、そしてカニも筋肉しか食べない欧米人と違い、日本人は貝はおろかカニの内臓まで食べる(カニミソですね)。そして、本来はあまり自前の毒を持たない貝類が、環境の変化によって毒化していく過程、また食生活の変化によって食べる貝や量や食べ方が違ってきた日本人の姿までクッキリと解説され、民俗学的にもかなり面白い気がする。

以前 『ハダカデバネズミ』 をご紹介した岩波科学ライブラリーから『フジツボ 魅惑の足まねき』という超マニアックな、もはやカルト本と呼ぶしかない、フジツボにしくものぞなき、という趣さえある好著が出たので紹介しようと思ったのだが、本書の方がレア本に思えて、あえて選択してみた。こういう本もあるのです。新聞で食中毒記事を見るや飛びついたりして研究を重ねた結晶である。これも情熱に溢れた一冊なのだ。浜名湖産アサリを何年も毒化時期に調べ、抽出液をマウスに投与すると2、3日で死んでしまい、「大変興奮した」という著者。アサリというごく身近な貝ですら、毒化の機構が解明されていないのだ。人間はまだまだ、知るべきエリアがある。
そう思うと、途方もない気がする。


図書館 司書 関口裕子