この一冊
前へ戻る
すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く
分類番号は081。カラフルなオスがさらに巧みなダンスで求愛する、アピールテクの進化が体操競技の採点方法の変更を思わせるという。今に演技構成点ができたりして。

すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く

鈴木紀之  (中公新書2433 2017年)
2017/11/02更新201709号
『応仁の乱』は7月末で25刷40万部超、『観応の擾乱』も発売1ヶ月で7万部に迫るらしい。中公新書おそるべしだが、史学本に限らない。よほどいい編集陣が揃っているのか、いい書き手が群がるのか、とにかくこのところ、アタリ本が多い印象である。
本書は「生命の進化ってすごい」というシンプルな平面体の常識を、くりっとヒネって「実は多面体だった!」とビックリさせてくれるような一冊である。
センスの良さときたら、一般読者相手の理系本のカガミである。理系人と一般人との感覚ギャップも置き去りにしていない。冒頭の「生物学的用語としての“進化”は世代をまたいで置き換わっていくプロセス。“スホマの進化”は生物学とも相性がいい現象だが“イチローの進化”というと本来の使い方とは違う」というあたりで唸ってしまった。これは「進化」というのがそもそも生物学の用語ということを思い出させてくれて、しかも「これって“進化”という語がまさしく進化している実例では」とサラリと書くあたり、ただものではない。
こういう言語感覚の持ち主が著者だ。大船に乗ったキモチで一気読みした。
本来「かくかくの理由で淘汰があり、しかじかの進化が起こる」はずなのに「ときに誰得かわからない進化もある」という不思議。この「一見不合理に見える進化」を読むだけでもかなりイケる。が、本書の目的地はそこではない。この「一見」を紐解いて「不合理に見える合理性の正体」を見せてくれるのである。そこは進化生物学の世界だ。
ただ、そこには「そうやって何でも適応という理由づけをするのは批判されているんだよ」という看板も立てられていて、それが立てられたときのギョーカイの衝撃も書いてあってニクい。そしてその先に「その看板によってさらにステージ進化した進化生物学」が待っている。それがまたひとつひとつ秀逸で、ご紹介するアイテムを選べなかった(涙)。
それにしても進化学って言語学センスのいい世界なのか「植物と昆虫の軍拡競争」「異種に求愛する個体をサチュロスと呼ぶ」「強い個体のみ発信できるシグナルそれは“正直シグナル”」「宿主と寄生者が競って進化し続ける“赤の女王”システム」などなど、著者みずから「うまいこと言いますよね」と書いている位だ。しかし著者自身の表現も相当うまい。
著者はまだ三十代。「生物が環境に適応しているという状況をデフォルトとして」とか「発生上のバグ」とか「なぜ生きる力とは無関係なところでモテ/非モテが決まるのか」とか、文章が若々しい。だからなのか内容はどこまでも専門的なのに、この通気性の良さよ。
「勝ち組と負け組がシビアに分かれる自然界では」「オスはわずかなチャンスにかけてメスにアタックするから」「よく似た異種相手かもしれなくてもあえて行く」のを“みさかいのなさ”と表現するあたり、まさにいとをかし。「すでに交尾を終えて産卵待ちのメスにとって」「みさかいなくアタックしてくるオス」は「はっきり言って邪魔なだけです」と言い切っているところもウケた(進化学界でセクハラと呼ばれているそうだ)。

「科学の醍醐味は常識が覆されることです」と言う著者。彼が描く進化学の世界は、研鑽を重ね、新知見に驚き、なお真理を追究するが果てしない、研究の永続性を実感させてくれる。フェアな姿勢で語りたい、読んでほしいという情熱もまぶしい。つよく言いたいのが、本書が、本を読む醍醐味を実に感じさせてくれることだ。ただ羅列するだけではない、順序だててあるだけでもない、「読んだことが展開していく」この繰り返しこそ、読書の痛快さの一面である。
「進化はすごい」が「すごくない面もある」しかし「すごくなく見えて実はすごい」ただし「すごいと思い込むのは危険」それでも「すごい筈だからすごさを追及する」だって「あきらめたらそこで終了だよ(ちがうか)」と、まるでキラキラ万華鏡を動かしているときみたいに、読書魂がときめく。これは、たとえばシロウトがネット上でトリビアを次々にクリックしているだけでは味わえない境地だと思う。
というか、それで味わえるひとはこういった本をぜひ書いて。そのひとは科学をみる「レンズ」を持っている。本書はその「レンズ」(しかもすごいやつ)を持っていた著者が、文章力(とびきりだ)も持っていたという僥倖によって誕生した。もう、読んでくれ、楽しいから。


図書館 司書 関口裕子