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麻酔をめぐるミステリー 手術室の「魔法」を解き明かす
分類番号は494.24。データを取る際に「バイアスがかからないよう」いろいろ考えながら設定をしていく作業も具体的。日常生活でもバイアスってかかりがちだから重要かもしれない。

麻酔をめぐるミステリー 手術室の「魔法」を解き明かす

廣田弘毅 著(株式会社化学同人 2012年)
2018/06/06更新201804号
麻酔といえば泉鏡花の『外科室』。さすがあの玉三郎丈が映画にしただけある作品だった(遠い目)・・・だが筆者の実際の麻酔体験は、局所麻酔だったので手術中ヒマでヒマで「テレビほしい」と願ったトンマな記憶が主である。執刀医のひとりが新米で(おいおい)、彼を指導するエラい先生との会話がバッチリ聞こえて子どもごころにも不安にかられたものだった。脊椎麻酔自体は(説明からして)怖かったけれど。
あれから、麻酔の仕組みには興味がある。

本書の書き手は、全身麻酔薬の作用メカニズムを主に研究されている先生という。
まず麻酔発見の歴史が、ざっくばらんに語られる。ふむふむ、と思っていると「どくとるKOKI」「医学生・森子」というキャラが登場してボケとツッコミの麻酔漫才みたいになった。森子ちゃんは医学部の暗記地獄にお疲れ気味だが、だんだんと本来持っている好奇心を発揮し始め「お酒に弱いヒトは麻酔も効きやすい?」という命題を引っ張り出す。
はてさて2人のギロンはどこまで進むのか、どういうオチで本書は終わるのか。いや、ただひたすら麻酔を語るのか???
最初は、いい意味で割とまとまりがなく思えた。麻酔学、フリースタイルという感じである。KOKI先生は、実験の詳細やデータのとり方などけっこうくわしく語ってくれて、リッパにお勉強エッセイだし、そういう本かなと。しかし話題は突然「マイケル・ジャクソンの死の真相」になって目がさめる。これがなかなかいいテーマなのだ。全身麻酔は眠りに似てるなんてとんでもなく、かけられたら血圧がドーンと(危険なレベルまで)下がっちゃうというドキッとする事実など、要領よく話題が繰り出され、いちいちめっぽうわかりやすい。
その後、酸素と二酸化炭素の取り違えによる医療ミスはなぜ起こりやすいか?などニッポンの医療事情を斬り始めて、もうナンでもありだな! しかしまたまたこれが「術中覚醒」(!)というスリリングな話題に結びつくから巧い。そして本書のテーマ「全身麻酔のメカニズム」へと至る。
この過程が絶妙で、得た知識が次々役立っていくという伏線回収的なカタルシスもちょこちょこ味わえる。そう、本書、ちゃんと確信犯なのだ。

それにしても、全身麻酔の作用メカニズムがまだ完全にわかっていないとは。ポイントは「“意識”のメカニズムが未だ解明されていない」ことだそうで「脳内のどの領域でニューロンが何個くらい、どんなシグナルを発したら意識が生じるのかわかっていない」。確かに、フランケンシュタインの映画でフシギに思ったもんなぁ。
要するに、生理学がまだわかっていないのに薬理作用を調べようとしているわけで、そんな麻酔学の奥深さを知ることができるのが本書の魅力のひとつ。
もうひとつは研究における「リアルな実験生活」を垣間見れることだ。
著者先生は「なぜ麻酔でそんなに血圧が下がるのか」とギモンを持ち、実験を繰り返してきた。例えば「カエルから取り出した心臓をスライスして、電気刺激を与えて心筋収縮を起こし、そこに麻酔薬を投与して収縮作用が抑制されるか」を見るなど(それにしても実験なるもののタイヘンさときたら!)である。印象的だったのが、何故この方法を取ったかについて「中学校でカエルの解剖をしたときカエルの心臓がいつまでも動いていたので、あんなに元気なら実験もやりやすかろうと思った」と書いてあったことだ。
とっかかりって、そんな感じなのか! 
実験を自分で考えて設定して実行して、データをとって検証する。本当に、その積み重ねなのだ。孤独な作業でもあり、自分を信じなくて誰を信じる! こんなとき、楽天的だったりユーモアがあったりという美点は、おおいにプラスになる気がする。この著者先生の茶目っ気を見よ。「患者さんに私の手を握ってと言って握ってきたら意識はあると判断できるが、オヤジの手なんて握りたくないと思ってスルーされたとしたら、それはむしろ高度な意識である」という下りなんて笑ってしまった。

ぐっすり眠ってパッチリ起きたみたいに読後感スッキリ。面白かった。手術中にせめて、こんな本が欲しかったものである。


図書館 司書 関口裕子