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日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

この一冊202303号付録ページ
(小冊子)日本獣医生命科学大学 一号棟
*国登録有形文化財(建造物):旧東京市麻布区役所庁舎 2020年4月3日登録

「洋館ファン、近代史ファン、そして絵師さんに届けたい」

 この赤い屋根の洋館は、かつて東京市の麻布区役所庁舎であった過去がある。
 当時の麻布区市兵衛町(現・港区六本木)に、明治42(1909)年に竣工した。1階には事務室が、2階には議場があったという。
 同時代の木造洋館としては、小田原にあった山縣有朋邸(現・山縣有朋記念館)がある。また、大正6(1919)年には市兵衛町に永井荷風が越してきて、住まいとなった洋館を「偏奇館」と名づけている。名作『濹東綺譚』はここで生まれた。
 さて、昭和10(1935)年に鉄筋の新庁舎が竣工したため用済みとなってしまった旧区庁舎を買い取ったのが、本学の前身であった日本獣医学校である。目黒区から現在の武蔵野市に移転するに当たってのことであった。この頃、ヴォーリズ建築事務所に依頼して新校舎も起工しており、本書には本学に伝わる図面や写真が掲載されている。
 2階の議場は近年まで、大講堂として使われていた。多くの学生が木の階段を昇った。

 全部で20頁ちょっとの小冊子であるが、充実度はなかなかだ。
 移転で大空襲を免れた貴重な当建築であるが(偏奇館は焼失)、何度か改修が施され、旧区庁舎時代とは様変わりしている。令和2(2020)年には耐震化を含め、大がかりな工事が行われた。道路ぎりぎりに位置していたものを約4m、上物はそのまま移動させる「曳家」が行われたのもこの時で、その詳細も掲載されている。
 天井裏から発見された棟札(旧庁舎時代と移転時と2種類)や、麻布区庁舎のオープン記念絵はがき(現在との違いがよくわかる)など、貴重な資料が満載だが、洋館ファンとしては、さまざまな角度からの写真たちをお薦めしたい。
 移転時に加えられた屋根の上の塔屋や、玄関ポーチの柱、旧庁舎時代から残る正面玄関扉の装飾、窓に嵌められた板ガラス(景色がゆらゆら見える)、ウォード錠(ドアノブも鍵もアップで掲載!)などから、筆者がイチ推ししたいのは階段の手すりである。
 もう珍しい階段一段目の「人造石研ぎ出し仕上げ」(人研ぎ:木の階段の一段目だけ、石できれいに形作ってあるんです!)もさることながら、手摺の親柱上にあるすべすべした丸い飾り、踊り場を見下ろしたり見上げたりの角度のバラエティ、手摺そのものの彫り…なかなかこうやって細かくは掲載されておりません!洋館を描きたい絵師の方々にはぜひ本書を参照し、来訪していただきたいものである。
 2階にあるキリンの全身骨格標本も写っている。このキリン「長次郎」の数奇な運命については、ぜひ2023年後期の付属博物館展示をご覧いただきたい。

(図書館司書 関口裕子)

この小冊子は一冊500円で販売しています(2023年8月現在)。
作成に携わった石井学芸員からコメントをいただきました!

■石井学芸員からのコメント

 この冊子の作成したスタッフの1人である私は、本学の卒業生です。
 2008年に獣医保健看護学科に入学してから、かれこれ15年間本学に関わり続けてきました。学生時代は一号棟を「古い校舎」としか認識していませんでしたが、雰囲気がいいという理由で卒業式の日、袴を着て一号棟の階段で写真を撮った思い出があります。
 冊子には載せていないのですが、大学に保管されている昭和19年の卒業アルバムには、同じように一号棟の階段でポーズを決める学生の個人写真が掲載されています。
 同じアルバムには軍服姿の教員や訓練に取り組む学生達の姿も掲載されており、戦争の影響を強く感じます。そのような中で自分と同じように学生時代の記念として、一号棟で写真を撮った大先輩たちを身近に感じるようになりました。
 一号棟は「都内に唯一現存する明治期の役所建築」としての価値が認められ、2020年に「旧東京市麻布区役所庁舎(日本獣医生命科学大学一号棟)」の名称で、国の登録有形文化財(建造物)として正式に認められました。建物ファンの方々にもお楽しみいただけるよう、区役所としての竣工から現在に至るまでの歴史を、たくさんの写真とともに紹介しています。
 また、一号棟は142年に及ぶ本学の歴史の半分以上をともに歩んで来た建物です。本学で学ぶ学生の皆さんや卒業生、教職員の方々にもぜひ読んでいただきたい一冊です。

(日本獣医生命科学大学付属博物館
学芸員 石井奈穂美)




 小冊子についてのお問い合わせは付属博物館まで(ホームぺージはこちらから)
 付属博物館

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