食のいま
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第34号: 伝統の器を楽しむ食卓風景 -5月-

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新緑が目に鮮やかな、風薫る5月にまつわる器をご紹介しましょう。5月5日の端午の節句の食卓を飾る金沢漆器の椀です。椀底に粽と矢、そして蓋裏には花菖蒲と鯉が描かれています。

古来中国では5月を悪(あく)月(げつ)・物忌(ものい)みの月と呼んでいました。そして、この悪月の中の5日、すなわち5月5日は、奇数が重なる重日思想(この日は悪いことが起こりやすいという考え)から、その邪気をはらうために、菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を門に吊るしたり、菖蒲酒を飲んだのです。菖蒲や蓬の強い香気が邪気を祓(はら)うと考えられていたからで、そのため、5月5日を「薬採りの日」と称していました。実際、菖蒲の葉や根には、アサロン、オイゲノール、メチルオイゲノールといった香気成分が含まれていて、これらの成分によるアロマテラピーの効果はよく知られており、菖蒲抽出物を用いた農作物の虫除け効果の研究などは現代でも新規になされています。
中国の暦は月の周期を基にした太陰太陽暦(旧暦と称するもの)なので、この5月5日は現在の日本の暦(太陽暦=グレゴリオ暦)では6月上旬~中旬にあたり、丁度気温・湿度が高くなって、食品が腐りやすくなる時期に相当します。日本でも1872(明治5)年までは旧暦を使っており、関が原の戦いのあった年の1600年5月5日は現代暦の6月15日に、また、ペリーが黒船でやってきた年の1853年5月5日は6月11日に相当します。ところで、日本では5月を皐月(さつき)と別称しますが、これも旧暦に由来するものです。旧暦の5月(現在の6月上旬~7月上旬)が丁度田植えの時期に相当したことから、早苗月・稲苗月などと書いて‘さなえづき・さなえつき’と呼んでいたものを、さつきと称してしまったことによります。そして、古来日本の5月5日は、田植え前に乙女たちが身を清める儀式をする日、すなわち女性用の儀式の日だったのです。
菖蒲(しょうぶ)にちなんだ古来中国の風習が日本に伝わり、ショウブという音が勝負や尚武(武事・軍事を重んじること)と同じである事から、武家社会において5月5日は男の子の祭の日となりました。
椀蓋には花菖蒲(はなしょうぶ)が描かれていますが、これは白や紫の花を咲かせるアヤメ科の植物(Iris ensata var. ensata)であり、花菖蒲の根や葉には強い香気はありません。前記で示した古来中国の「薬採りの日」に用いた菖蒲(しょうぶ)は、穂状の花をつけるサトイモ科の植物(Acorus calamus)で、花菖蒲とはまったく別の植物です。しかしながら、我々日本人は、昔から菖蒲をショウブともアヤメとも読み、植物学的な区別を認識しないまま使っています。そのため、華やかな漆椀には美しい花をつける花菖蒲の方をあしらったものと思われます。
椀種には、新緑を連想するグリーンピースの緑色を活用したもの(人参と独活のグリーンピース湯葉巻き・鶏肉団子・こごみ/グリーンピースの豆腐茶巾・海老・人参と独活の吹流し)や独特な口触りで旬を迎える蓴菜(じゅんさい)を添えたもの(鯛切身・蕨・蓴菜)を調えてみました。
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