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第70号:アクティブ・ラーニングで考える食品科学 ~栄養成分表示値の調査と比較~

 食品科学科の講義「分析化学」(1年次対象)では、食品の既知成分の定量ならびに未知成分の分離と構造決定に必要な機器分析法と化学分析に必要な計算手法を教えています。2年次以降の化学系実習では、実験をするだけではなく、機器分析で得られた数値の集計、平均や分散の計算、データに基づく考察が必要になってきます。

 そこで、1年次を対象とする「分析化学」の講義では、アクティブ・ラーニングを活用して、データの基礎的な集計と比較を行う課題を提示しました。主な内容は以下に示す通りです。同じ食品名の市販食品1種を3~5個収集して、栄養成分表示値(エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、食塩相当量)を表形式で集計する。各項目の平均値を算出して、日本食品標準成分表の掲載値と比較する。お互いの値に違いがあるかないか、その原因を予想して説明する。調べる食品の種類の選択は、学生にお任せしました。例えば、ミルクチョコレートの場合、A社、B社、C社、D社のミルクチョコレートの栄養成分表示値を集めて、その平均値を日本食品標準成分表の掲載値(食品番号:15116)と比較します。

▲日本食品標準成分表のミルクチョコレートのページと市販品の栄養成分表示(パッケージ裏面)の一例

 今回のアクティブ・ラーニングでは、全体で約20品目のデータが集まりました。食肉製品、乳製品、パン類、魚肉製品、レトルト製品、冷凍食品、菓子類など多岐に渡っていました。食品成分表の値と近い市販品もあれば、明らかに低い値を示す食品群もありました。また、風味や原材料などの観点から考察したレポートもありました。
 日本食品成分表を基準とした場合、値がどの程度ずれていれば、高い(低い)と判断するかは、データ収集の目的や考え方によって異なるので、一概には言えません。統計学的に分散分析を行い、平均値の違いを評価することも方法の一つです。ここでは、別の考え方を述べます。例えば、とある市販品のエネルギーとたんぱく質の値は305 kcalと10 gであり、日本食品成分表の掲載値は300 kcalと5 gであるとします。市販品は、数字上はどちらも+5です。ここで、日本人の食事摂取基準に与える影響を考えてみます。食事摂取基準(2020年版)によると、1日の推定エネルギー必要量は20代男性:2300~3050 kcal、20代女性:1700~2300 kcalであり、たんぱく質の推奨量は20代男性:65 g、20代女性:50 gとあります。このとき、+5 kcalは、必要量に占める割合があまり高くないので、全体に与える影響は弱いと考えられます。一方、+ 5 gでは推奨量に占める割合は比較的大きくなるので、たんぱく質の値には、意味のある違いが存在すると考察することもできます。もちろん、この違いが栄養学的に重要であるかは別問題です。1つの栄養素だけでヒトの健康に与える影響を十分に議論することもできません。最近の〇〇カットや〇〇オフの食品についても同じことが言えるかもしれません。なお、日本食品標準成分表の掲載値は、代表的な流通品の分析値等に基づき、その食品のもっとも標準的と考えられる成分値となっています。個別の食品の成分分析値や栄養成分表示値とは異なる場合があり、掲載値と完全に一致することが正しいということではありません。
 数字の比較は、一見すると簡単に見えますが、適用する考え方や方法によって、意味が異なる場合もあります。実生活においても、統計学的なデータ分析では判断できないケースもあり、別のアプローチで考察することもあります。今回のアクティブ・ラーニングでは、身近にある食品の栄養成分表示を教材にして、データ分析の基礎を体験してもらいました。今後の授業で、今回の結果やデータの考え方をフォローアップする予定です。