図書館MENU

「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
宮澤賢治 星の図誌

宮澤賢治 星の図誌


斎藤文一 藤井旭[写真] (平凡社 1988年)
2011/12/15更新201123号
理系と文系という分け方は単純すぎるけど、その幸福な結婚のような、美しい化学反応のような、そんな一冊。分類番号は443。赤いシールが本の背に貼ってあるものは[読物コーナー]にあります。赤いソファに座って見上げられる書架。
宮澤賢治というと花巻の記念館を思い出す。白いフクロウの像を始め、日時計の花壇もあるし、 そりゃ素敵なところだが、館内の展示で印象的だったのが鉱石の標本など「科学系の展示」の きめ細かなところ。そう、彼の作品には「理系の血」も脈々と流れていて、詩的で幻想的な「文系の血」と混ざって紅く碧く揺らめいている。注釈がたくさん、たくさん付けられていても、わかるなぁ、付けたくなるよなぁ、と思うのである。ほんとうの幸せな本である。

当館所蔵の本書は、まぁ図書館の本ですから悲しいかなカバーは外されてしまっているが、それでも幻想的な佇まいである。黒いハードカバーに銀色の星図が浮かんでいる。
中を開くと、文章のページはグレイの縁取りがしてあって、下段のモノクロの天体写真が、モノクロなのにとても目映い。そして写真のページはカラーもカラー、もうページからこぼれ落ちそうな天体写真が満載だ。本書は、宮澤賢治が作品に綴った「天体」を、
どんなだかあなた知りたいでせう、そんならひとつお見せしませう、これを
開いてごらんなさい、ほらカシオペーアがあるでせう、環状星雲も見えるでせう、
というような一冊なのだ。
どんな作品かって、もちろん『銀河鉄道の夜』だし、『よだかの星』だし、童話がギッシリ、そして『東岩手火山』『北いっぱいの星ぞらに』など詩もズラリ。ちょっとずつ、銀のスプーンですくう様に引用されているので、これあとでまた全部読もう、と猫みたいにニヤついてしまう方もいるだろうけれど、それも良いのではないだろうか。『銀河鉄道の夜』なんて、夏のお話なのにちょっとクリスマスのような場面もあって、何だかお誂え向きだから。

『銀河鉄道の夜』のなかで主人公ジョバンニは、さそり座の赤い星が「ルビーよりも赤くすきとほりリチウムよりもうつくしく酔ったように」燃えているのに心を打たれ、「あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだらう」と呟く。賢治の、きらめくような理系的発想だ。そして、本書の著者は宇宙物理学とか超高層物理学とか、ちょっとすぐにはイメージできないけれどオーロラの研究で高名と聞けばやっと近づける、つまり理学博士といわれるような方なので、そんな彼が賢治に共鳴して集めた名シーン達は、さすがにクセモノぞろいなのだ。
童話『インドラの網』で「私」が湖のほとりの砂を拾い、透かし観て「すきとほる複六方錐の粒」を「石英安山岩か流紋岩」と心でつぶやき、水際に立って「こいつは過冷却の水だ」と思う。するとこれについて、著者は物質の<相>と相転移の説明をし、異空間のみずうみをこう捉えた賢治の感覚を「高度尖鋭な物質観」と讃えるのだ。
詩『暁穹への嫉妬』では、土星とおぼしき惑星が「薔薇輝石や雪のエッセンスを集めて」できている、というところに「現在の知識から見ると、これはどうやらあたっていたと言えるのではないか」と面白がったりもする。こうなると筆者としては、
さうか、理系の知識があれば、斯ういうふうな面白がりができるのだな、
と、ちょっと悲しくうらめしく思ひはしたが、でもこんな一冊があるの
だから、それはほんたうにしあわせなことだらう。
と、宙を見上げるように思い、またページをめくる。それしかない。

写真がどれもすばらしい。銀河と「X」の形にクロスする黄道光とか、金環日食の連続写真とか、そうそう岩手山の上に渦巻く星空とか、全部をビー玉みたいに手のひらですくって、お見せしたい。写真家の藤井氏も「賢治の星を索めて」という一文を寄せている。「本書に紹介した程度の写真は誰でも写せる時代」と謙遜されるが「さういうはなしではないのです」。
この一冊で、宮澤賢治の作品たちを、まるで銀河鉄道に乗って旅するようにめぐることが できる。こういう本はいろんな記憶も呼び起こすけれど、それでも少し、ふっと息をつける ような気がするのだ。
「僕たちしっかりやらうねぇ」

図書館 司書 関口裕子