隠岐に旅行中、山をバスでぐるりと下っていて、ふと運転手さんが窓の外を指差した。
「あそこらの牛は、ウチのですわ」
小さいバスで、運転手さんも客も一緒ににぎやかに観光していたのだが、ちょっと呆然とした。確かに斜面に、わらわらと牛の群れが見える…。
「は? え? 牛、飼ってるんですか?」
「えぇ。放牧ですわ。やつらで好き勝手にやっとります。山の斜面を歩いとるでしょう。足腰も丈夫なもんで、お産もどっかでちゃっちゃと産んで、適当に連れてきよります」
そんな飼い方もあるんかい!
しかし荒川弘のマンガ『百姓貴族』の新刊にも、雪にツヨいホルスタイン種をガンガン雪の中に放す場面があったしなぁ。生命力だなぁ。
と、気軽に感心するが、人間の「生命力」も、これまたすごいのだ。
岡山県の吉備高原にある吉田牧場。そこのチーズづくりのあれやこれやを紹介した本書だが、まず写真が。すこぶる、いい。
クリクリした牛のお目めも、つやつやした背中も、見渡す限りの緑も、アメリカから輸入して建てたという素晴らしい家も、そしてリコッタ、モッツァレラ、ラクレット、カマンベール、うぅ、どのチーズも、そしてどの料理も、劇的に生き生きと撮れている。なんでこんなに美味しそうなんだ! こんなにキレイなんだ! これは誘惑の書だぁぁ!
シンプルに綴られた文章も、写真に似合いだ。
著者として名前を連ねている四人は、ご家族である。ご夫婦と、息子さん夫婦。サラリーマンから酪農家に転身、土地の開墾から始めたチーズづくりについて、それぞれのチーズの作り方の違い、味わい、食べ方などみずみずしく紹介されている。
が、そのつれづれに、チーズづくりに魅せられたきっかけや、重ねてきた工夫、フランス旅行、牧場の四季、家づくりなどについても語られる。タイトルにある「フェルミエ」とは、フランス語で農家のことなのだそうだ。
本書は、フェルミエ(農家)製のチーズというものについて、丸ごと伝えようという一冊なのである。
千文さんが紹介するチーズの食べ方、原野さんが奥さんを伴って出かけたチーズ武者修行、最初はとまどいがあった睦海さんのチーズとの関わり、どの文章も、簡潔なだけに読むほどに芳しい。もちろん、チーズの美味しさと力を伝えようとする全作さんの文章の旨味は言うまでもないだろう。
牛たちに名前がついていることや、奮闘の末に建てられた家も含めて、ここにあるのは家族だな、と思う。どこの家族にもあるように、そこには山や谷が見えるけれど、それをしっかり乗り越えて、何よりまず自分が美味しいと思うものをつくりあげる。文字通り、自「家」製チーズである。匂いたつようなミルクがチーズへと生まれ変わる工程の写真もたっぷりある。料理のレシピまで載っている。すぐつくれるぞ。チーズを買いに走れば!
圧巻は、フランスで知ったピザづくりへの情熱から、自家用「ピザ窯」製作へと猛進し、試行錯誤した末にめでたく舌鼓を打つ「ピザ窯を造る」章。この美味しさはたちまち料理人たちを惹きつけ、あれよあれよと伝染していく。そして大勢のひとが集い料理をし、一緒に味わう「ある日のピザパーティ」へと続く過程は、いろんな意味で、美味しい!
美味しさも、楽しさも、喜びも、みんな自らつくりだすものなのだ。そして美味しさがかきたてる生命力の、なんと逞しいことよ。美味しく食べるために、がんばるぞ、と、何をがんばるか不明なまま意気込んだ筆者なのだった。
図書館 司書 関口裕子