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本へのとびら

本へのとびら―岩波少年文庫を語る


宮崎駿 (岩波新書 1332 2011年)
2012/08/16更新201215号
分類番号は081。岩波少年文庫はまだ続々と新刊が出ている。たとえば金原瑞人訳のホラーなどもあるのだ。また、当館の英語リーダー本の中から探してみるのもおススメ。『たのしい川べ』など、借りてくれると、ちょっとうれしい。

最近、知人の子ども(兄弟)に<ひとまねこざる>の絵本をあげた。
かつてのマイ愛読書を、これは小さな男の子でもきっと面白い、と思い、買ってきてあげてみたのだ。すぐに「毎晩読まされているのよ」と、彼らの母親から連絡があった。
お兄ちゃんの方は殆ど諳んじてしまったらしい。<おさるのジョージ>というアニメも見つけたという。しかし絵本は絵本で繰り返し、読んでくれと持ってくるのだそうだ。
嬉しかった。そう、筆者もまた、沢山の絵本を読んでもらって育ったクチである。

本書は『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』などの名作で、日本全国知らぬ人などないだろう宮崎駿氏が、岩波少年文庫から50冊を選んで紹介した1冊である。お察しのとおり、筆者もこの文庫を擦り切れるほど読んできた。まだちゃんと持っている。
『トム・ソーヤ―の冒険』『宝島』『秘密の花園』など定番のお話もあれば、『ムギと王さま』『とぶ船』といった隠れた名作もある。この文庫の愛読者でいらした方でも、知らない1冊があるのではないだろうか。自分のお気に入りの本が50冊に入っているかどうかもドキドキで、『クローディアの秘密』が載っている事に一人ニンマリした筆者であった。
1ページに1冊、紹介文は、ごくあっさり。けれど著者の個人的な体験がさらりと書かれていて、例えば『クマのプーさん』についてもガールフレンドに読んであげた思い出が「その子のよろこびようは感動的ですらありました」と微笑ましい。また『ハイジ』『床下の小人たち』は著者自身がアニメ化に携わった作品であり、その紹介文も興味深いところだ。さらに、著者が注目する挿絵について特筆され、その挿絵も掲載されている(『たのしい川べ』『ふしぎの国のアリス』など)。アニメーターである宮崎氏ならではの視点である。

…と、これら紹介文だけでも読み応えは充分あるのだが、後半は、著者本人の本とのかかわり、アニメーション製作の現場、挿絵というものの大きさなどについての文章である。50冊を選んだ過程についても書かれている。さらに、3.11以降のこの国の状況、これからの子どもたちと本、今後のアニメ制作についても、筆が及んだ。
語り口は、率直だ。
「どうやったら子どもが本を読むだろう」と悩む親御さんは多いが、著者の言葉はにべもない「読ませようと思っても、子どもは読みません」。それでも彼は、子どもと本について書かずにはいられない。特に今のような時代にあって、子どもにとって本がどういう存在になるのか。それは裏返せば、大人たちと本との関わりでもあり、筆者は、繰り返し読んだ。時に誰も借りてくれない本を、大事に保管する図書館にいる筆者にとって、他人事ではない。最後に「本は必要です」とあるのを見て、どこかホッとした。

「子どもに向かって絶望を説くな」それが児童文学であると、著者は言う。時に悲しいお話の、悲しいくだりがあったとしても。
当館には、野生動物や食品産業についての悲しい現状、異常気象、不知の病などについても本も、ごまんとある。が、それでもそれらを「何とかしよう」という気概に満ちた、いや、満ちていなくても希望を忘れない本もまた、勢揃いしている。世の中とはそういうものだと思う。絶望だけ、あるいは希望だけを見るのは現実的ではない。沢山の本に囲まれていて、いつも思うのはそれだ。
「大切な本が、1冊あればいい」。印象的な言葉だが、それはたぶん、「それだけが大切」なのではなく、「そこから始まる」からである。そして大切な1冊にめぐりあうのは、これからだって遅くない。
これは、大事な本がある人、そして、探している人のための1冊である。夏の思い出に、何か読んでみませんか。

図書館 司書 関口裕子