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「この一冊」 図書のご紹介

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外交官のア・ラ・カルト

外交官のア・ラ・カルト―文化と食を巡る外交エッセイ


近藤誠一(かまくら春秋社 2011 )
2012/11/07更新201218号
分類番号は319。「理解し合う」「コミュニケーションし合う」これがどれだけ重要なことか。食べ物も、食べるだけでなく。旅も、行くだけでなく。本は旅の友にも、食の友にもなる。久しぶりにシュークルート食べたい…。

図書館の本は、内容で分類され配架される。だから一冊見つければ、その周囲には関連本が並んでいて、芋づる式にどんどん開拓できるという寸法だ。が、時にはこんな一冊も出てきてしまう。
本書が分類された居場所は「国際外交」。サブタイトルに「文化と食」とあっても、そこに「外交エッセイ」と続けば仕方がない。残念ながら当館には同分野の本は少なく、すぐ後ろにはズラリと法律関係の本が並び、本書はぽつんと浮いている。
こういう一冊こそご紹介しなければ!

著者は38年間を外交官として過ごされた方で、本書もパリやコペンハーゲンで主に書かれている。食に関するエッセイといっても、いわゆる「美食エッセイ」とはちと違う。初っ端に「ジビエ」とあったので、秋のフレンチといえばジビエよね、などとグルメ本的に読み始めたら、すぐに狂言の『隠狸』から狸の話になり『星の王子さま』などを引用した文化論みたいになり、挙句「狸を使わない狸汁」のレシピになって、面食らった。
目次に帰ってみると「クスクス」「仔牛のカツレツ・ミラノ風」「コック・オ・ヴァン」「酢漬けニシンのオープンサンド」といった、いかにも国際色豊かな項目の間に「ハンバーガー」「カレーライス」「牛丼」もケロッと並んでいる。とにかく食について、とりとめなく連載させた本なのだろうか。後悔しそうになったが、次の「パリの七草」という章を読み、立ち直った。
1月7日にパリの公邸で七草粥を出そうとして、当然ながら日本の七草は揃わないので「パリの七草」を選定する。そこから七草粥についての故事になり、転じて同じ1月7日を祭日とするフランスの「エピファニー(公現祭)」の「ギャレット・デ・ロア」というパイの話になった。どちらも長い伝統を持ち、豊かな背景がある。
こんな薀蓄は味覚の足しにはなりゃしない、面倒くさい、と言えばそれまでなのだが、しかし著者にはこだわるワケがあったのである。
「外交交渉では、しばしば考え方や慣習の違いが対立と誤解の原因になる」
そんな時に重要なのが、その歴史的・文化的背景を知っているかどうかなのだそうだ。
なるほど!初対面の人に緊張するのは、その人の背景がまだわからず、なにか失言でもしたらどうしよう、という不安があるからだ。外国の方ともなれば、尚更だろう。

それにしても博識だ。『延喜式』『河海抄』『イリアス』『ファウスト』『後漢書』…もちろん源氏やシェイクスピアは当たり前、はては『ハリー・ポッター』まで押さえている。あとがきに「毎月のテーマとなる料理や食材について調べているうちに」という一節が出てきてホッとした位だ(全部フツウに知ってたとしたらすごすぎだ)。読めば土地の朝市などにも積極的に出向かれていて、フットワークも軽く、好奇心まことに旺盛。お嬢さんがいらっしゃるせいか『魔女の宅急便』などもちゃんとご覧になっている(外交的にも最近重要だし)。
そういう方が、超多忙のなかであっても「レトルトものなど食べない」という「おいしいもの好き」であるのだから、自然と各地の名物の話になる(レトルトカレーをつくったことがなかった下りには腰を抜かしたが)。酒ありスイーツありで、どちら党にもOK。カクテルパーティーや、ユネスコの世界遺産委員会、デンマーク女王主催の新年会など、外交官ならではの舞台を垣間見られるのも、本書ならではだ。

外交という、普段は遠い世界に触れられる稀な一冊。それ以上に世界の豊かな食文化と、その意外な共通点を知ることができる貴重な一冊でもある。本書、とてもおいしい。ほんとに、いろんな意味でおいしい。

図書館 司書 関口裕子