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「この一冊」 図書のご紹介

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無一文の億万長者

無一文の億万長者


コナー・オクレリー( ダイヤモンド社 2009年 )
2012/12/14更新201219号
分類番号は289.3。ある大河小説の「戦争のきらいな不敗の名将」にかつて魅せられたっけか。The Billionaire who wasn’tというタイトルは秀逸。

本書を何故だか手に取ったのは、タイトルに惹かれたからだろう。お伽噺のようだ。内容もまた、ちょっと途方もない物語である。本書の主人公はビジネスにおいて、そらおそろしいほどの成功を収めた。だから成功譚には違いない。しかし…変わっている!

本書は、気も頭もよく行動力溢れるチャック・フィーニーという人物が、当初はヨーロッパ配備中のアメリカ兵に免税の酒を売りつけるところから、次々と転がるようにビジネスを展開させ、これはどうなるんだと急かされるように読んでいると、なんと彼があの大規模免税店チェーンDFSの創始者であることを知るという、怒涛の一冊である。
しかも、これでまだ半分、なのだ。ここからがすごいのだ。彼は稼いだ巨万の富(『フォーブス』の長者番付の上位にいた程だ)を、匿名で、すっからからんに全部寄付してしまうために、これまたとてつもなく手のこんだ仕組みを考えだすのである。

DFSという免税店を、筆者も何度となく利用した。べつだんショッピングのための旅行をしなくても、DFSはそこにあるものだ。例えば職場にチョコレートを買うとき。頼まれた化粧品を買うとき。あのロゴのついた袋が家のどこかにあるだろう。酒やクッキーやタバコを沢山入れても破れないよう、丈夫にできていて便利なのだ。
しかしその店に、こんなユニークなドラマがあったとはねぇ…。
(それだけでなく、例えばフランスの酒造メーカー”カミュ”が、こういう特殊な販売戦略でブレイクしたなんて初耳であった)
本書には、胸のすくような(いずれ映画化されるかも。2時間になるとは思えないが。T・ハンクス主演ではなかろうか)痛快さと同時に、さまざまな事を考えさせられる意味深さも持っている。DFSに群がる日本人の姿に、いろいろと思う方もいるだろう。強引でしたたかなチャックの手腕に、その善行とのギャップを見て混乱する方もおられるかもしれない。チャックの相棒であったボブ・ミラーのゴージャスな大富豪っぷりに、より魅せられる方もいて当然である。そして、財産なんか寄付してしまっても、エネルギッシュでいきいきとしているチャックの姿に、幸福という姿を見る方も。

いまの段階の、筆者の感想は以下のとおり。
チャックとその仲間たちが、幸運であったのは間違いない。時代の追い風に、結果的にうまく乗ることができた。だが風に乗るために懸命に走ったのだし、走る方向を決めたのも彼ら自身だ。なににしても、まずは“やらなきゃならない”のだ。これがひとつ。
その“仲間たち”も、自然発生的にというか、縁あって手を取り合ったいずれも功労者だが、当初はその到達点も、到達点にたったときの対応も、わかるわけがない。彼らは決裂し、解散する。それも、決定的に。だがやはりこのメンバーでなければならなかったのだろう。特にチャックとボブは、どちらも強烈な個性を持っていて、譲らない。ひきずられることもない。人の本質は、変わらないのだ。これもひとつ。
ではどちらにより共感するだろうか? どちらを目指すだろうか? 別に彼らほど極端でなくてかまわないのだから、それほど悩むことはない。彼らの周囲の人々も、ふたりの真逆のアイコンを間近に見て、さまざまに影響されたことだろう。
「わたしは一生懸命働くことを目指したのであって、金持ちになるのを目指したんじゃない」そう言い切るチャックは、まさに「思うままに働いて」いる。そのために稼いだのではないか? かれの人生は矛盾だらけだ、と何度も書かれるチャックのひととなりは、やはり人を魅了せずにはおかない。それが実在の人物だから、なおさらである。

クリスマスに、そういう男の物語を、お届けしてみました。よいお年を。

図書館 司書 関口裕子