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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
バナナの世界史

バナナの世界史 歴史を変えた果物の数奇な運命


ダン・コッペル( 太田出版 2012年)
2013/08/19更新201309号
分類番号は625.8。バナナフィッシュはサリンジャーの短編小説に出てくる架空の生き物だが、バナナのバイオ改良にも魚の遺伝子が登場していた。バナナを救う試みは「試行錯誤」の見本のようだ。バナナは消えてしまうのか。それとも「新バナナ」が生まれるのか。

タイトルには『世界史』とあるが、いやいやそんな単純な本じゃなくってよ。本書を読めばとりあえず、バナナについてはムネいっぱいになるはずだ。
歴史だけでなく、バナナの特色・種類など、守備範囲は広い。それもその筈で、それなしには歴史の”なぜ?”に答えられないからだ。食べやすく栄養豊かだがあったかい地方の産物で、例えばアメリカには輸送しなければならない。でも熟するまでの時間がキッチリ予測できるから、冷蔵さえ出来れば可能である。輸送コストを回収するためにも大量生産・大量消費を目指すべきである。そして何より…特定の病気にはからきし弱い。
なぜなら、バナナはクローンだから。
この言い方は語弊がある? つまり今のバナナには、ご存じのとおりタネがない。種子によって繁殖するのではなく、根の部分にある”球茎”から”吸芽”という新芽が出て、そこから新しい球茎が出来て…という増え方なのだ。システムとしては以前このコーナーで紹介した『日本一の桜』にある、ソメイヨシノが挿し木によって増えるというのと同じ。そして現在、スーパーに並ぶバナナの殆どが、キャベンディッシュという1種類のバナナだ。
つまり、いま莫大な生産体制によって世界的に流通している(キャベンディッシュ)バナナは、すべて同じ遺伝体系を持っているのである。
当然、同じ病気に、みんな罹っちゃうのだ。
本書には、実に特異な背景を持ったバナナという果物が、いちど絶滅しかけた衝撃の過程が書かれている。かつて流通したグロスミッチェルというバナナは、パナマ病によって過去の種となったのだ。つまりチャーリー・チャップリンを転ばせたバナナは、今のとは違うバナナだった。
プランテーションが滅びるたびに新しい土地を次々買い求め開墾するという、戦慄のシステムでパナマ病に抵抗し続けたアメリカのバナナ産業は、キャベンディッシュという「味も形も熟し方も許せる」新種を見つけ、ようやく命をつないでいたのである。
本書に登場する巨大バナナ企業は、よくサスペンス映画などでラスボスとなる巨悪そのものである。主に中央アメリカを舞台に、ひとの土地・歴史・生命の行方など知ったことかと言わんばかりのやり方で、革命から虐殺までなんでもやってのける(『BANANA FISH』をお読みの方は、アッシュが将軍たち相手に策略を説く場面を思い出していただければいいかもしれない)。衣料ブランド名としても知られる“バナナ・リパブリック(バナナ共和国)”という言葉にこんな意味があったとは! しかし衝撃の事実はまだこれからだった。

とにかくこの、安価で、手軽で(剥き方がわからないことはないハズだ)、栄養たっぷりの果物が、これほど超ポピュラーな背景に、ここまで壮大なお話があったとは。あっちゅう間に読んでしまうことは請合おう。1989年にベルリンの壁が崩れたとき、西独側になだれこんだ人々が手にしていたバナナ、それは資本主義の象徴として大々的に報道されたが、その奥深い意味を20年以上たって筆者は読んだわけである。本書にはもともと、薄緑の世界地図に黄色いバナナの挿絵がある、真っ白な表紙がついていた。だが当館では配架前に表紙を取るので、今の姿は真っ黄色…バナナの皮の色だ。我々は皮を剥いたあとの、白くて甘くてクリーミーなバナナに魅了されてしまうが、それを包むドラマを描いた一冊として、この色はまったく相応しい。そして読みすすむうちに明らかになる「キャベンディッシュもまた絶滅しかかっている」という事実に慄いてほしい。タネの無いバナナの品種改良がどれほど困難か、そしてバナナが飢餓や貧困の救済にどれほど必要か。読めば読むほど「バナナの無い未来」はクラい。バナナがきらいな方でも、そう思われるのではないだろうか。

図書館 司書 関口裕子