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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
私の食物誌

私の食物誌


池田彌三郎(同時代ライブラリー:226 岩波書店 1995年)
2013/10/31更新201311号
分類番号は383.8。今年の読書週間は、秋らしく食の本をチョイスしてみた。12月28日の「スープライス」など、ちょっとつくってみたくなる。白魚のてんぷらというのも、どんな感じだろうか。

こんな粋な本も入っているから、当館もなかなか隅に置けない(←自画自賛)。
日記のように、一月一日から日割りで書かれたエッセイである。
日にちから連想して起こした段もあれば、前の日からテーマを続けて連作みたいになった段もある。お題もさまざまで、「高野豆腐」「からしな」「あすか鍋」のような食材・料理についてや、「どんど焼き」「ふぐ供養」「潮干狩り」といった行事について、「骨ばなれ」「白魚ひとちょぼ」「かくや」のような、ちょっと珍しい言葉についてなど、まぁ実にバラエティ豊かである。
この著者がまたクセモノで、知らずに読んでアレ?と思ってしまった。何しろ「左団次さん(二代目、とあるから先々代だろう)」とか「六代目菊五郎(先代ですね)」とかが身近な人として登場するし、「陛下のお孫さん」のエピソードすらあるのだ(「皇居のスープ」4月29日の段)。それに、どうやら生粋の銀座っこらしい。いったいどういう方だろうと思ったら、叔父上が池田大伍という劇作家で、『西郷と豚姫』や『根岸の一夜』など歌舞伎の名作を書いた著名人なのだ。そして生家は銀座の老舗天麩羅やだという(現在の和光の場所にあったそうだ)。なるほど~。どうりで「縁日といえば築地の本願寺」とかいう記述が出てくるわけである。そういう境遇で育った方にしか書けない貴重な一冊といえるかもしれない。
しかしそういったウラ知識がなくても、読んでいてじゅうぶん楽しい。本書は復刻版で、もとは池波正太郎の『銀座日記』より二〇年ほど前の出版なのだが、現在でも名店として知られる店もたくさん登場する。例えば「神田明神門前横の天野屋」とあれば「あ、初詣で甘酒を飲んだ」と思い出したり、「四丁目の木村屋」で「また、あんぱん買おう」と決めたり、「黒門町のうさぎや」で「そういえば最近どら焼き食べてないねぇ」と思ってみたり、「煉瓦亭」から「今日はカツレツにするかなぁ」とか考えたりする。いい読書ではないか! また「たらこのマヨネーズあえ」とか「しゃけどん」のレシピ的な段にもそそられる。師にあたる折口信夫氏の思い出話も味わい深い。
何より昭和初期的な段がたっぷりあって、レトロな気分に浸りたいときにはもってこいである。「でんきあめ」も「このごろではわたがしなどと名をかえて、おつにすましている」なんて描写は、でんきあめ、も、らしいし、「おつにすましている」のくだりも、また、らしい。目玉焼きを「サニー・サイド・アップ」という名で書いてみたり、いま話題の炭酸水(ペリエとか)が「プレンソーダ」となっていたりするのも、逆におもしろい。すっきりした文章はさくさく読めるが随所に「みょうりがわるい」とか「半畳を入れた」とか「平仄があわない」などさらりとあって、これもまた、いまではなかなかお目にかからない表現である。ここまで来ると何だか洒落ているように思えたりするのは、美味しそうな食べ物話につられてだろうか。
それにしても筆者は、恥ずかしながらお寿司に「弥助」という言い方があるとか、「おじや」が女房言葉らしいこととか(言われてみれば、そうであろう)、十三夜(ついこのあいだの10月18日)を「栗名月」ということとかを、本書で初めて知りました。卵のことを「御所車」と言い、そのココロは「なかにきみがいるから」なんて洒落も、お初である。うーん、たまにはこういう本を読んでみるものである。次に歌舞伎座に行ったらぜひ、近くにある「銀之塔」でシチューを食べてみようと思う。って、大事なのはそこかい!

冒頭に書いたとおりの体裁だから、今日の日付から読んでもいいし、目次もあるのでメニューから(?)読んでもいい。適当に開いたところから文字通り「拾い読み」するにも最適だろう。なお、12月31日の段には「わたしは食通ではない」とある。「うす味のよさ、などということが、わたしにはわからない」と、堂々とお書きなのだ。だからなのか、なかなかにセレブな描写があっても、味覚はぐっと庶民的である。お酒についてと同じくらい、スィーツについても書かれてあって、バランスもいい。
つまり、どこから、どなたが読んでもよろしいかと思う。どうぞお好きなときに、お好きな読み方で、お召し上がりください。

図書館 司書 関口裕子