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「この一冊」 図書のご紹介

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グリニッジ・タイム 世界の時間の始点をめぐる物語

グリニッジ・タイム 世界の時間の始点をめぐる物語


デレク・ハウス(東洋書林 2007年)
2014/05/01更新201404号
分類番号は449.1。この4月より同じ図書館を使うことになった日医大教養課程から来た本を選んでみました。久々の翻訳モノにトライ!

突然ですが、海外旅行で。腕時計、どうします?
現地空港で、どころか機内でもう、現地時間に合わせる方もいますよね? え? それが一般的?? かくいう筆者は実は、日本時間のままほっぽらかし。「○時間ズレ」ということだけ押さえておいて、パッと脳内変換する方式である。これだと、日本に電話やメールをするときとか「本来の時間」がすぐわかって、いつの頃からか直さなくなってしまったのだ(時計なんて周囲にたくさんあるし←言い訳)。
で、いつの頃からか、思ってました「きっかり何時間か違うって、便利だなー」。
そう、時差には「○分差」とかいった、ハンパな時間差がない。これを思いついたヒトはエラすぎる! そのエラい人がどこのどなただったのか、本書を読めばわかります。

どうやったら正確に経度を測れるか。英国が本気で乗り出し、グリニッジに天文台が出来たのがなんと1675年。日本ではまだ大石内蔵助がティーンエイジャーだった頃になりますな(フランスではヴェルサイユ宮殿が建設中)。経度測定になぜ天文台? それは星や月の距離の測定から経度を算出していくのがいちばん現実的っぽい、という流れがあったからだ。経度の算出は(特に海上では)それはそれは難題で、本書にもいくつか「トンデモ算出法」が登場する(けっこう面白い)。しかし「安全な航海」にはどうしても正しい経度が必要である。国王から賞金も出て、この天文台ももちろん「王立天文台」、天文台長は「王室天文官(ロイヤル・アストロノマー)」だったそうな。うーん、時代である。
しかし! 筆者的にツボだったのは、経度より時差カンケイの話だった。鉄道での高速移動が始まるまで、時差はあまり問題にならなかった、というのは実に納得できる話なのだが、その過渡期の実情がすごい! 国内の経度差が3時間半にもなるアメリカで起こっていた現象が、なんというか、まぁ166ページあたりを読んでみてほしい。南北戦争後、たくさん鉄道会社が出来て、がんがん鉄道が走っていた。そして各社がみんな、独自の時間を用いていた。各駅もまた、ご当地時間を表示していた。結果、例えばひとつの駅で、何種類もの「時刻」が表示されていたらしい! ホームを移動したらもう違う時刻なのである。そして停車駅ごとに違うのだ。道中でどんどん自分の時計を合わせていっていたというが…現在用いられている「経度15度(=1時間)差」ごとに時間帯(タイムゾーン)を設定して、理論上はすべての時計の長針と秒針は同時刻、短針の位置(時間)だけが違うという方式がアメリカ発、というのは、誠にもっともである。切実だったのだ。しかしその奇天烈な光景を、ちょっと見てみたい気もする。

基本は端正な翻訳書なのでしずしず読んでいると、アッという方向から「トンデモ話」が飛んできて油断がならない。誰かが地方時間の真夜中直前に亡くなった、それはグリニッジ時間では真夜中過ぎだった、さて死亡の日付はどっち? それで相続や保険が変わってくるんですけど?などといった細かい事例に、なるほど~である。また「時報」の問題もなかなかディープで、その頃の時報というとタイム・ガン(大砲とか)ぐらいしか思いつかなかったのだが「報時球」なるものがあったのだ。塔の上とかに棒を立て、大きな球を昇り降りさせて(一定の時刻になると、球がストンと落ちる)時間を知らせるという仕掛けである(グリニッジに今でもある)。この報時球がらみにもトンデモ話は多くて、係員が自分で球を叩き落とし、ゆるーい時報を適当につくっていたとか、大いに笑った。

本初子午線が各地にあった時代があり、それがグリニッジに統一されていく過程など、数々の歴史的ドラマが詰め込まれた本書だが、ネタ的にもかなりイケる。しばらく楽しめそうである。そういう一冊は貴重だ。そしてそれは事実だったのだから、なおさらおいしい。

図書館 司書 関口裕子