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「この一冊」 図書のご紹介

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英国一家、日本を食べる

英国一家、日本を食べる


マイケル・ブース( 株式会社亜紀書房 2013年 )
2014/10/24更新201409号
分類番号は383.8。続編的な本も出版されたようで、本書のウケっぷりがうかがえる。日本の地方都市に足をのばす観光客が増えているそうだけど、それがますます流行るといいな。

著者は英国のフードジャーナリスト。かのコルドン・ブルーで学び、ロブションの「ラテリエ」で修行もしたという。フツウのイギリス人と一緒にしてはいけなさそうである。
とにかく、とおりいっぺんの和食本でないのは保証する。最高に面白い。
家族連れで来日というのが、ミソである。「3ヶ月足らず」というが、そんな家族旅行は日本ではちょっと考えられない(お子さんがまだ6歳と4歳なのが大きかったのかも)。なかなか家族と過ごせないから、と踏み切ったそうだが英断だった。ハンバーガー好きのブロンドの兄弟が、行く先々でホンロウされる小さな台風の数々が、本書を最終的に“勝ち組“にしたような気がする。
若い夫婦が旅先で子どもに手を焼く苦労話は万国共通。食に邁進したい著者の横で、やれ観覧車に乗るだのドッグカフェに行くだのと、ゴネまくる少年たちのエピソードはテッパンネタである。また、著者自身も道に迷ったりヘンな人に出会ったりとハプニングが絶えず、いちいちおかしい。トイレや日本のスーパー(「どの商品も、傷ひとつない」と感動)にショックを覚えるのもお約束だが、それがウォッシュレットにうっとりする子どもの描写だとひと味違ってほほえましい。
そして料理界の重鎮に会ってレポートするなど、ジャーナリストの本領発揮の場面もある。それどころか、コネをたどって相撲部屋でちゃんこを食べたり、いちげんさんお断りの名店で舌鼓を打ったり、『ビストロSMAP』の撮影現場に入ったりしている(中居くんを若い頃のビリー・クリスタルになぞらえていたり、新鮮です)。本書は欧米でベストセラーになっているが「これは食のガイドブックではない。一般人が行けない場所が多すぎる」というアマゾンコメントがあるのも納得だった。
つまり、これは旅行記であり、民俗学的読み物でもあり、家族の記録でもある。それでいて、すべては食につながっている。「日本でなきゃダメなんだよ!」と冒頭で著者に叫ぶトシの言葉ではないが、和食は国民性に深く根ざしているのだと実感した。いや、どこの国の料理も、そうなのだと思うけれど。

とは言え、あまり今まで紹介されなかったであろう庶民的ラインナップは壮観である。歌舞伎町の焼き鳥、札幌や福岡のラーメン、大坂の串カツやお好み焼き・・・少年たちまでがむしゃむしゃとレバーを頬張るなら、私にもおいしいんじゃないか? そう思う外国の方々が大勢いそうだし、筆者ですらそのまま新幹線に乗りたくなる。食通が唸るより一般人が「喰い倒れ」る方が、ずっとグッと来るのだ。
そして本書の隠し味に、日本食の健康神話がある。長年フランス料理を食べ続けた著者は、“猟犬みたいにスリムな”友人のトシに見とれ「おまえだって今から和食を食べ続ければ、60までは生きるよ」と囁かれてココロときめく。現代人の急所、「カラダにいいかどうか」にも日本食はきちんと応えるのだ。もちろん全てが健康的なのではないと著者も認めてはいるが、それでも随所に「カラダにいい」フレーズが登場し、しかも美味だと太鼓判が押される。その意味で沖縄の章は、ちょっと異色で、力がこもっていた。

ところで食の本として楽しんだのはもちろんだけれど、筆者は実は、別の点でも感慨深かった。数々の安全神話が崩れても、日本はまだまだ世界に比べて安全だ!ということだ。美術館で絵より手荷物に気を配ったり、地下鉄の乗り換えより乗客の動きに注意したり、運賃交渉にメゲてタクシーを諦めたり、そんなことはしなくて済んでいる。著者が本書冒頭で「言葉もわからないのに、誰もぼくらのものを盗まないし、いんちきも失礼なこともしない」と感動する様子に、激しく同意する。
思ったが、本書は少し『テルマエ・ロマエ』に近いかもしれない。古代ローマの風呂設計士ルシウスは、殆ど身の危険を感じずにタイムスリップした現代日本を堪能してまわる。そしてルシウスが日本の風呂をプロの目で見つめ、驚愕したように、ブース氏も日本食に感嘆したのである。ところどころにちっちゃな勘違いもあるが、本書はただカルチャーギャップをおもしろおかしく綴った本ではない。きちんと味わえる一冊である。おいしくいただきました。満腹ですが、おかわりもいけます。

図書館 司書 関口裕子