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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
生き物の描き方 自然観察の技法

生き物の描き方 自然観察の技法


盛口満( 東京大学出版会 2012年 )
2015/03/26更新201504号
分類番号は725。ロットリングや点描やトレペや、読むだけで懐かしいなぁ! あ、書架には『野鳥撮影術』など写真の撮り方の本も入っていますよ。フィールドにでかける方は、図書館もぜひ頼りにしてください。

全編に、繊細なモノクロ画が溢れている。植物、昆虫、鳥、小動物。
のっけから断言してしまうが、絵を描く人、あるいはかつて描いていた人、描くのに憧れていた人なら、本書に魅せられる確率はかなり高いのではないだろうか。
それぐらい、本書は<スケッチする悦び>でいっぱいだ。見つめ、輪郭をとり、線や点を加え、やがて紙の上に<それ>が立ち上がっていく快感は、確かにちょっとこたえられない。
そんなのは画才に恵まれたひとだけだと言う方もおられるだろうが、しかし、スケッチというのはコツである。本書のことばで言えば<ウソのつき方>である。対象のことをよく見、このあたりをこう描けば<絵になる>と知っていれば、絵は、がぜん違ってくる。対象について知識があればなおいい。だいたい描いているうちに興味がわき、調べたり覚えたりするものだ。覚えたことは必ず絵に表れる。
そうして、描くほどに知り、知るほどに描けるようになる。なにごともそうだが<コツを知る>というのはばかにならない。

本書は描き方の本だが単純なハウツー本ではない。絵のアタリのつけ方や、道具の選び方、フィールドノートとは何か、なども載っているが、基本的には<読みモノ>である。著者の体験や、著者が知るにいたった動植物の知識を辿りつつ、そこここで描き方についてコメントがあるという感じ。季節によっての対象の選び方などは、実際にフィールドにでかけていく方だからこそのコメントだろう。
著者は専門的な絵の教育を受けたわけではなく、好きだから描いていた、というタイプなので、ご自分の試行錯誤についてもざっくばらんに披露している、昔描いたスケッチと最近のものが並べて、上達のほども見せてしまうとか、飾らない方だなぁという印象を受ける。
生き物の話にしても、ごてごてと話をつくらずシンプルで、いい。シュンランの花にとまったハチを見ようと花ごと採取して、それでも動かないハチにびっくりするくだりなど、一連の行動が見えるようだ。なぜ、昆虫を描きたくなるのか、花を描きたくなるのか、著者は、その生き物の魅力を語る。やはり本書は、「描き方」の本であると同時に「生き物」の本である。

「スケッチを描く一番大事なコツが、「描きたいものを描く」ことである」という一文がまぶしい。不器用だった、人からものを教わるのも苦手だった、としょっぱなに白状する著者が、しかし魅せられたようにスケッチを続けるさま、それが数々の出会いにつながるさまを読むと、打ち込めるものと出会った幸せで本書が満たされているのを感じる。
その幸せには、出会うまで待つしかないのだろうか。本書を読むと、そうでもないぞ、という気がしてくる。決して人交わりが得意でもなさそうな著者だが、いつしか大勢の人に絵を教え、彼らとの出会いを楽しんでいる。やはり、彼の何かが、それらを惹きつけている。その「何か」は、読んでいるとわかる。

「まとめにかえて」で、チェルノブイリがからむエピソードが登場する。
これほどの魅力を湛える本書だが、このまとめは一瞬、すべて忘れさせるほどの力をもっている。「科学を一部の専門家の手に委ねる危険性」。このところ、言葉を替え、テーマを替えて、頻繁に目にする。たぶん、4年前あれほど思い知らされた筈なのに、また忘れそうになっていたのだ。だからあらためて胸をつかれるのだろう。
だが、危惧する人はいるのだ。そして本書のようなきっかけで、また思い出す人もいるだろう。本書の最後の一文は、ひとと自然とのつながりを願う祈りであった。

図書館 司書 関口裕子