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甘葛煎(あまづらせん)再現プロジェクト“よみがえる古代の甘味料”

甘葛煎(あまづらせん)再現プロジェクト
“よみがえる古代の甘味料”


山辺規子(株式会社かもがわ出版 2018年)
2018/11/26更新201808号
分類番号は588.1。最初に葛の樹液を煮詰めてみよう、と思ったひと、グッジョブだよなぁ。『枕草子』の甘葛がけかき氷は平安時代からずっと“いいね!”がつきまくって、もはやバズったとか言えないレベル。

「甘葛」の葛って、ツタかぁ!

この再現プロジェクト、テレビにも取り上げられて話題になったそうだが、不勉強にも筆者は知らなかった。「葛(くず)」とは根本的に違う、ブドウ科ツタ属の「蔓」の方なんですね。筆者、葛きりとかにも日頃あまり縁がなく、葛といえば葛根湯くらいですが、あれらはマメ科クズ属なんだそうです。
もう、興味シンシンで読みました。なぜかって、かつてのコバルト四天王の一人・氷室冴子氏の『ざ・ちぇんじ!』に「栗の甘葛煮」というのが出てきたからですよ!コミック版も大ヒットした『なんて素敵にジャパネスク』シリーズ、作者の氷室氏は綿密な考証のもとに舞台の平安貴族コミュニティを作り上げ、シリーズ愛読者から平安文学研究者が現れるほど本格派だったいうのは有名な話。このシリーズのための習作と言われるのが古典『とりかへばや物語』を翻案した『ざ・ちぇんじ!』で、実はけっこうシリアスな原作を絶妙なコメディにしてあり、いま読んでも「よくできてるなぁ」とつくづく思う。この中の、やんちゃでわがままな女東宮(皇太子ですね)がお膳をひっくり返す場面に登場したのが「栗の甘葛煮」なのです。
その場面の、華麗な十二単姿で宮廷生活を送っている綺羅姫(※男)のセリフ。
「甘葛はとても高価で、ふつうの人はめったに食べられないものなのですよ」
あとで知ったのだがこの場面、原作には無い。作者の教養とキャラクター描写のうまさが光ります。甘葛といえば一般的にはなんと言っても『枕草子』。清少納言が「あてなるもの(高貴・上品なもの)」として「新品の銀の器に入れたかき氷(甘葛がけ)」をあげていて、そんな超高級スイーツを日常的に食している(だろう)登場人物たちに、でもこれは貴重なものだよと言わせているあたり、すぐれた風俗描写ではないですかね。

ともあれツタ属のあまづら、本書でこころゆくまで堪能しました。 
まず、甘葛は、租税の一種だったのである!なつかしやの「租庸調」だが、そのなかには納めるべき「雑物」として地方の特産品などがあって、駿河国や伊豆国などに年料として「甘葛煎二斗」とか「六升」とか定められていたらしい。え、一年でそれだけ(一斗で18リットル強)?いえいえ、第二章からの再現過程を見ると、それだけでもつくるには驚きの作業量が必要そう。再現過程はまずツタ探しから始まり、プロジェクトが組まれた奈良女子大では構内を探索、よきツタをとみこうみつくづく吟味。ツタといっても常緑のキヅタじゃだめで、紅葉するやつ限定だそうです(奈良女子大のホームページにもわかりやすい詳細あり)。樹液を採って煮詰めるのだから、立派なツタでないとハカがいかないけど、その立派なツタを、巻きついたりはりついたりしている木などからひっぺがし、作業場まで運んできて、適当な長さにギコギコ切って、樹液を採らなければならないからタイヘン。樹液も自然に流れ出てくれない場合は「吹き出す」!口が荒れそう!実際、荒れるので、吸い口をテープなどで保護して作業したそうで、平安人はどうしていたんだー!
しかし集まった貴重な貴重な樹液をコトコトコトコト、原液の四分の一ほどに煮詰めると、ほんとうにとろみのある琥珀色の液体になるのでした。その糖度、なんと80%近く!ハチミツ並みではないですか。しかも「後味がスッキリした甘さ」だそう。かなりハードな作業なので(しかも寒い時期)、小学校での再現プロジェクトなどキツかったかもしれない反面、忘れられない実習になったのでは、としみじみ。

再現作業だけでなく、そのほかの歴史的甘味の解説や、甘葛煎の成分分析なども掲載。巻末には日本でただひとりの甘葛煎研究者でもあった石橋顕氏の講演の活字化も。これによると橘成季の『古今著聞集』には雪に甘葛煎をかけて食べる場面が登場するそうで、橘成季は清少納言の後裔に当たるので、それもちょっとおもしろいかも。
これ、プロジェクトとしては実に秀逸なテーマではないでしょうか。むかーし、奈良で『飛鳥の蘇』という古代のチーズを食べた時のわくわく感を思い出すなぁ。やっぱり、食体験というのは格別です。
それがおいしかったなら、また、なおさら。

図書館 司書 関口裕子