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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ

発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ


小倉ヒラク 著(株式会社木楽舎 2017年)
2019/3/1更新 201902号
分類番号は588.51。たくさんの発酵本が紹介されているが、当館でも見覚えのあるものばかり。発酵と発酵本について語るトークイベントやったら面白いだろうなぁ。本と食べ物並べて。エントリー本を選びたい。

著者は「発酵デザイナー」なんだそうです。
・・・確かにいろんな肩書きが今はあるけれど、まずはちょっと引きますよね。そして本書の著者は、そういう反応はお見通しで余裕しゃくしゃく。なぜならたぶん、自信があるから。
著者は単なる「書き手」ではなく、そもそもアートディレクターとしてさまざまな団体や経営者から「その団体の課題と解決法」について相談され具体的な行動をデザインしてきており、その過程で「発酵ネタ」の手応えをすでに体感済みなのだ。
実際、ネットで「発酵」「味噌」などのワークショップを検索すると、わんさかヒットする。それに、当館にいると「発酵」本の地力もこちとらも先刻承知のすけである。実は2011年に当欄で『和・発酵食づくり』をご紹介しているのだけれど、当時はまだ発酵を手作りしようかなという雰囲気は一般的でなかった気がする。目についていなかっただけで、あの頃から発酵、ブイブイ言っていたのかな。
それにしても本書はかなりユニークだ。発酵は科学なのでいくらでも専門的に書ける。が! 「からだにいい」とか「美容にいい」とか「儲かりそう」とかに色気をだした、ひたすら読者ウケしそうな本にもできるのだ。本書はいっけん、そのくだけまくった文体とかから後者っぽい印象を与えるのだが、あにはからんや。
何しろ「文化人類学」。確かにこれは、文化人類学に分類するしかない気がする。

著者は、ワークショップなどで「発酵」を体験した歓声や溢れる笑顔、その結果の確かなリピート率などをよく知っている。でも、さらなる発展を模索中だ。たぶんいつもだ。
本書には「発酵」の仕組みと地方文化における立ち位置や、ガチな影響力(と、人類が上手に利用してきた歴史)と、発酵食品のウマさ(と、それを取り巻く熱気)が詰まっている。時に科学で歴史で概念で、あるいはぐるナビな内容を、身近なたとえ話(新橋のガード下とか)で巧みに繋いでいるが、そのぶん、話しがあっちゃこっちゃ飛ぶ。それもこれも、本書が「科学的面白さ」だけでなく「健康への貢献」だけでもなく「地域における多様性」のみとも違う、その先のテーマを語りたいがためではないか。
つまり今後の「発酵とのお付き合いの仕方」の提唱、というかアプローチ、意識改革というと大げさだけど、そういうものを起こしたい。本書にもあるけれど「受け手」「買い手」「暮らし手」の育成を促したい、という熱意を感じるのである。
実際、発酵界は深く広いので、知るほどに未知の世界が開ける。本書を読んだだけでも、食したいもの、見たいものが沢山見つかる。「その先がある」「その先はおいしい」「その先は面白い」という可能性を知って暮らしていると、出会える確率は上がるのだ。
現代社会では情報やモノの洪水のなか、とかく「多い・早い・目立つ」ものが目立つ。豊かな多様性や、細やかなものづくりや、マイナーではあっても時代を受け継がれてきたものなど、受け手ひとりひとりが意識してそれらを支持し、楽しみ、伝えていかないと消えてしまうことすらある。そうはさせじ、と、いろいろな分野でいろいろな本が書かれているわけだけれど、でも本書は楽しいということはどうぞお間違いなく。表紙もかわいくて、イベントなんかでも売れそうだし、実際、本書はベストセラーだ。日本酒と日本のワインについて語りまくった第4章の醸造芸術論なんて、めちゃくちゃ楽しくて、読み応えあった。著者の方、お酒も味噌も、何より美味しいから吹聴してるのだな!とわかる(そして相当消費していそうである)。
「なぜ生物がエネルギーを使って生きているのかを問うても意味はない。エネルギーを交換し続ける存在が、つまり生物であり、異なる存在同士でコミュニケーションをし続けるということが「生きる」ということだ」(173p)。好きなフレーズだ。本書を読むと、例えば消費も、旅行も料理さえもコミュニケーションだな、と感じる。買うこと、訪れること、やってみることは発信なのだ。ラブ&ピース。

図書館 司書 関口裕子