この一冊
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分類番号は487.54。「サメのいちばんの天敵は、わたしたち人間」と記した筆者。最終章が「まだ達成できていないヨシキリザメとのダイビング」であることが、またニクい。サメ旅の未来に幸あれ。

ほぼ命がけサメ図鑑

沼口麻子 著(株式会社講談社 2018年)
2019/07/16更新201904号
「渾身の一冊」というのにヨワい。
まぁ当欄に登場する多くがそういった「テーマがニッチでディープで、著者の思いいれもたっぷりあって、いろいろとアツい」本であるのは置いといて。
翻訳ものだとこれってわりと「たっぷり語る」本になり、さまざまな知識やエピソードに絡めとられつつ壮大かつマニアックに広がった世界にどっぷり身を投じ、読み終わって我に返る、というような読破型醍醐味を味わえるが、敷居もちょっと高い。その点、和書は「読みやすさ」「手に取りやすさ」も重視しつつ「この機は逃さん!」という著者・編集者のノリとプロ根性がついついヒートし、盛り沢山で凝りまくった一冊になることが多い気がする。本書がまさにそうである。
本書著者が名乗っている肩書きが「シャークジャーナリスト」。サメ界と人間界をつなぐ架け橋的存在で、大使というか全権というか伝奏というか「口のきけない鮫に代わってわたくしが!」という感じの圧がすごい。確かにサメ側の言い分を知らないままだと、誤解も多かろう。何しろ話題といえば「サメ出現、遊泳禁止」みたいな『ジョーズ』的ニュースばかり目立ってしまいがちである。
本書では、そんなスピルバーグの偉大さゆえに浸透してしまったサメイメージの訂正を行いつつ、生物学的な『ダーウィンが来た!』っぽい側面からだけでなく、時にグルメな方面から、はたまた生活知識の方面から、はてはレジャー方面からと、ホネまでしゃぶりつくさん勢いでサメについて語られる。そう、あの「フカヒレ」とはサメのヒレであり、和食やさんで出てくるわさびおろしに貼られているのは鮫皮であり、浮世絵の製作に欠かせない刷毛をほぐす「刷毛おろし」にカスザメの皮が使われていたりと、実は古くから関係が深いサメとヒト。本書で初めて知ったのだがサメ食文化、けっこう各地にあるんですね。旅の楽しみが増えました。そして「海の生物・最速スイマー選手権」、クロマグロと並んでホホジロザメがトップクラスという、しかもそれに並ぶのがエンペラーペンギンとシロナガスクジラって・・・いや意外でした、この顔ぶれ。他にも「江戸時代生まれのニシオンデンザメ(脊椎動物最長寿、400歳越え間近)!」などサメトリビアたちが「ちょっとフカ掘りサメ講座」というコラムになってちょこちょこ登場、なかなかに楽しい構成である。
著者自身の体験も交えて各サメを語る「わたしの体当たりサメ図鑑」につけられたキャッチは“サメコレ”、さらに個人的エピソード満載の「わたしの世界サメ巡礼」は“サメレポ”。タグのイラストもチャーミングで、本書をつくるのはさぞ楽しかっただろうと思う。散りばめられたサメのイラストも、わかりやすい、見やすい、かわいらしいの揃いぶみ。イラスト好きにもオススメだ。
こうした、どこまでも平易な伝え方に徹底した体裁でもって、内容はあくまでも真摯である。フカヒレだけ獲ってサメを見殺しにしてしまうフィニングという問題行為の実態や、各サメの特徴や他の生物との比較、サメとヒトとの歴史トリビア歩きなど、著者がこれまでの人生をかけて積み上げてきた知識や経験がぎっちり詰まっていて、まるでアンコがしっぽの先まで詰まったたい焼き(サメ焼きか)のようである。そんなサメ知識やサメへの理解を「シャーキビリティ」と著者は呼んでいて、その命名にも伝えようという気合を感じた。

本書にも何人か登場するが、世間には「シャーキビリティ」溢れるサメ愛好者が沢山いて、定期的に行われるサメ談話会なるものもたいへん盛況らしい。本書はそういった方々にとってはバイブルなのだろう。
でも、そうでない方々、シャーキビリティゼロ層に向けても、本書は愛情こめて編まれている。サメトリビア、サメ界に関わる人々の紹介、ご当地グルメレポ、ダイビングレポ、旅レポらを上手に「サメ知」と編みこむことで、彼女の中だけに蓄積されてきた幾多の事柄が意図的に集められ構成されて、本という形で共有されたことをとにかく祝福したい。なにかの愛好者である方にはわかってもらえると思うけれど、推し界にこういう本がちゃんと存在するかしないかは、あとに続く者にとってたいへん違うのだよ。
巻末には参考資料、参考WEBサイト、そしてサメ体験のオススメスポットの一覧つき。どこまでもぬかりなく。


図書館 司書 関口裕子