この一冊
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分類番号は645.3。昨年はなかなか更新できず、久々に更新したら、子年なのに牛始め。でも復活しますよ!ほら、こんなに面白い本が、まだまだたくさんありますから。

牛たちの知られざる生活

ロザムンド・ヤング 著・石崎比呂美 訳(アダチプレス 2018年)
2020/01/24更新202001号
考えてみたら、まじまじと牛を間近で見たヴィジュアル記憶は、ないかもしれない。
本書にはドナルドとかレッド・ラムとかファット・ハット二世とか、ウォリック伯爵とかベビー・ジェーンとかクリスマス・ボネットとか(これみんな牛の名前)、とにかく牛が沢山登場して描写されるので、脳内変換がついていかずに、思い至ったのだ。筆者、ウマやヒツジは見たことあるけど、牛はどうだったかなと。
しかし当館はその点、書架に山ほど牛の本があるから有利である。どれどれ、ふむ、牛といってもいろいろいるぞ。エアーシア種とかウェルシュブラック種とか。毛色もいろいろだ。クリーム色のつやつや感とか、愛嬌のあるブチ模様とか、猫好き筆者には響く響く。
うむ、牛はなかなか可愛らしい。りりしいのもいる。納得してから本書に再び戻る。おぉ、ぐっと迫ってくるようになったぞ。
本書は英国ウスターシャー州にあるKite’s Nest Farmというオーガニック農場の日々を、こまごまと綴ったものだ。著者は両親から農場を受け継いでいて、執筆にいたるまでハンパない記憶を積み重ねている。
農場はもう見渡す限りという感じの広さだ。池もあれば森もあるし、丘も小川も土手もある。牛やヒツジや鶏たちは、めいめいが好きなように暮らしていて、雨が降っても牛舎に駆け込むのもいれば、どっしりした生垣の影でやり過ごすのもいる。母牛は好きなところで出産するので「近いな」と思うとスタッフはよく気をつけてないと、どこかで難産が起こっているかもしれない。子牛は母牛のお乳で育つ。子育てのうまい母牛がいれば、あまり関心がないのもいるし、途中から案外と子育て上手になるのもいる。
晴れた日も雨の日も風が強い日もある、当たり前の四季のうつろいのなかで、牛たちは好きなものを食べて暮らす。体調によってアザミを爆食いしたりもする。
スタッフ達は、そんな彼らの本能の判断を尊重しつつ、広い広い農場でのびのびこまやかに育てている。それを何年も重ねると、本書のような光景が見えてくるのだろう。
いやぁ、本当に、牛も牛同士で、そして人間とも、いろいろあるのだ。
家族だからといって仲がいいわけではない。年が近いからといってみんなが相和していることもない。本書の牛たちの関係は、カラフル極まりない。母牛同士の食の好みが近いから、子牛同士も一緒にいる機会が多くて仲良くなったり、逆に子牛同士のウマがあったから(ウシがあったから、か)母牛同士がグループになったり。種も体格も性格も違うのに無二の親友のような間柄があったり、親友同士がそれぞれ別の友達グループに属していて、出会うと嬉しそうに一緒にいるけどまた自分のグループに戻っていったり。あるあるでしょう、そういうこと。家族も家系もそれぞれだし、それに染まらない個体だっている。
何世代も何家族も見続けたからこそ「彼らにも相性も性格の不一致も仲たがいもある」「年とともにそれらが変わることもある」「本来の資質からすると思いもかけないこともする」ことがわかるし、読んでいるこちらも納得する。一例や二例ならそれは擬人化のこじつけだろうとタカをくくれるが、これだけあるとそうはいきません。第一、もっともっとあるのだろう。もっともっと読みたいぞ。
『赤毛のアン』を牛バージョンで読んだような、この心地よさはなんだろう。

本書には、そうやって動物を育てることで肉質や牛乳の質も向上し、摂取する人間にもよいことが書かれていて「オーガニック」という言葉の本当の意味に迫るような趣きもあるが、牛とそのほかの生きものたちの織り成すドラマがあまりにも魅力的で、ついついそちらを思い出してしまう。
でも思うよ。
こうやって、当たり前に暮らすことは実に豊かだし、それに憧れるのに、なかなかそれは現実には手が届かないよなと。自分でできることは何だろうなぁと。検索すると実際のこの農場の写真が見られるが、とにかく見入ってしまう。こういう暮らしは実り多いけど、苦労も多いだろうなぁとも。

何度も読み返した。それぐらい面白い。自分で買って時々寝る前に読もうかな。それぐらい楽しい。きっとまたいろいろ感想も沸くだろうなぁ。それぐらい濃い。
よくぞ日本でも出版してくれました。いいこともありますね。


図書館 司書 関口裕子