この一冊
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猫のなるほど不思議学―知られざる生態の謎に迫る―<br>(ブルーバックス)
当欄初の電子ブックの「この一冊」。猫本を選んでみました。登校自粛中のおり、電子ブックのラインナップを拡充中です。読み物も、すこーしずつ増やしたい。

猫のなるほど不思議学―知られざる生態の謎に迫る―
(ブルーバックス)

岩崎るりは (講談社 2006年)
2020/05/26更新202003号
唐突だが、筆者はかなりの猫好きである。
人生の大半を猫と過ごし、つい昨年まで二十歳(はたち)間近の老猫の介護に明け暮れていた。
そこそこ読書中毒なうえに、職場に獣医学をはじめ猫の本がわんさか、わんさかあるもので、老猫のために読みあさった専門書も含め、自分でも呆れるくらい猫本を読んできた。
もう、そこそこの猫本には驚かないつもりであった。
こんな本があったとは。

本書の著者は作家さんで、長年、チンチラなどのブリーディングを続けておられた方だ。
ミックス猫を育てた経験も、たくさんお持ちである。
そんな略歴を読んで筆者はつい「ははぁ、体験談が散らばった猫エッセイ的雑学本だな」と短絡的に思ったのだ。短絡的なのは筆者の方であった。お恥ずかしい。
確かに、体験談は各所にあった。が、そこにはすべて、きっちり科学的な知見が重ねて綴られ、猫飼いにとっては読んで楽しい上に興味もいやますのであった。たとえば転がったボールが箱の陰に隠れてしまっても、その存在を認識し続けることを「対象の永続性」の認識というそうである。つい先日、友人の飼い猫が天気予報を見ながら、お天気お姉さんの指示棒を追ってテレビの裏側に手を突っ込む動画に興じた筆者は、深く納得したのであった。
著者自身の考えや意見も興味深い。猫が酩酊する香りの多くがアルカロイド系成分を含んでいることから、それは結果的に皮膚病に予防になっているのではないかという推測などユニークである。視点も極めてフラットで、猫と犬を比較して「飼い主に従う能力が高い」イコール「知能が高い」と断ずるのは違うのでは、という記述は秀逸だ。以前、麻酔学の本にあった「麻酔をかけた患者さんに、私の手を握ってと言って握ったら意識があるとわかるが、オヤジの手なんて握りたくないとスルーされたとしたら、それはむしろ高度な意識である」という一文を思い出した(あれはウケた)。

本書、「あとがき」を本学の獣医学部長が書いているのだが、著者のあくなき探究心と、科学・医学的裏付けを求める真摯な姿勢に感銘を受けたとある。まさに同感である。ずらりと並ぶ参考文献をご覧あれ。理系だけでなく、文系のトリビアにも目配りはなされており、明治期に上野精養軒で開催されたという日本初の猫の博覧会(キャットショー)に夏目漱石が後援の一人として関わっていたという故実は初めて知った。
特筆すべきは、著者のブリーダーとしての経験と思う。猫を沢山飼ってきた方は多いだろうが、繁殖の経験が豊富な方は限られる。純血種については尚更だ。猫のセックスライフについてこれほど詳しく読んだのは初めてだったし、猫の血液型判定証にも驚いた。

すでに知っている事柄についても、おおいに楽しんで読める。猫の毛色による気性や性格の違いは最近、よく書かれるところだし、オッドアイの猫に時々見られる聴力障害についても知られるようになった。色の帯がある猫の毛も、知っている猫飼いは多いだろう。だが、これらが例えば遺伝子学的などの知見と共に、順序立て整理されて書かれることは貴重だし、しかも、著者はその先に踏み込むのである。「シャム猫の毛の先の色(ポイントカラー)が、暖かい部屋で育てると薄くなり、冷所で育てると濃くなる」というくだりには唸ってしまった。

これから猫を飼う、あるいはいま飼っているという方には、本書をおおいにおススメしたい。ペットシーツにつく尿の色が、若猫と老猫では変ってくるという写真もある。食や医療の記述も具体的だ。老猫のために、ネット上で同じ病気の体験談を探しまわった記憶が蘇る。体験談にしっかり医学的裏付けがあると、この上なく安心できるのである。
何より、著者がいきいきと描写する猫の行動や、飼い主としての工夫や奮闘は、身に覚えがあれば「あるある!」と楽しいし、未体験であれば頼もしい。前方に扉があるトンネル型キャリーバッグより、上が開く籠型の方が、猫を入れやすくておススメというのは「わかる!!」。どうやってもトンネル型に入らないお猫サマに泣いたなぁ。猫も納得したキャリーを大事に大事に使ったものである(筆者愛用はリュック型)。

現在、猫ロス生活中の筆者にとって、懐かしくも楽しい本書だが、本の結びはズンときた。ペットロスは乗り越え、また猫を飼うべし、といって、著者は筆を置いているのである。
「あなたが愛さないで、誰が猫を愛するのでしょう」
それを言わないでくれい。


図書館 司書 関口裕子