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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
ポロック生命体

ポロック生命体


瀬名秀明 (新潮社 2020年)
2020/10/30更新202005号
分類番号は913.6。本書の出版は今年2月。その直後のコロナ危機。書店にも図書館にも行きづらかったが、幸運にも筆者は当館にいた。実感したよ。大切な本は、忘れずそばに置いておこう。

並んでいる本のほっとんどが獣医療や生命科学関連という当館ですが、小説もある。
同じ法人の日本医大の教養課程がキャンパス内にありまして。ひとつの図書館に2大学の図書があるのである。今回は、日医大の蔵書からピックアップ。

AIを主題とした短編集。個性的なAIたちが次々登場する。
たとえば意識高い系将棋AI。想定外に進化した小説AI。そこまで行くかの美術AI。
著者は、国立大で機械工学の特任教授も勤めてしまうという理系作家の星、瀬名先生である。確か日本SF作家クラブの会長でもあるはずで、本書も言ってみればSFだ。
しかし、本書に描かれる日々の暮らしは、それら驚くべきAIのほかは現在とさほど変わらない。そこがシュールで、いやにリアルなのだ。まだこういうAIは登場していないよね?と、ときどき自分に確かめながら読み進めた。あっという間の読書時間ではあったが、長く余韻が響きそうである。なので書く。

だいぶ以前の「美しい局面で人間のように投了できるソフトを作りたい」という、将棋の電王戦の取材記事を思い出した巻頭作の『負ける』。主題は意外にも将棋AIではなく、そのソフトの代差しをするロボットアーム開発だった。
小説とAIをテーマにした『きみに読む物語』も、小説を書けるAIという概念の先を行き、AIに査定される読書能力、という意表をついた展開であった。現在の、小学校低学年向けなどというレベル分けは、例えば漢字学習の課程などが基準なのだろう。そんなものではない。AIによって小説読解力が査定されてしまうのだ。おおお、とんでもないAIである。常々、当館で理系本に体当たりしては玉砕している筆者には、他人事とは思えない。いや、専門書と小説とは違うが、実は筆者は、時折SFでも、ああ世間であんなに絶賛されているのに、なぜ面白さが理解できないんだよおおと倒れ伏したりしているのである。そんな傷をAIにぐりぐり指摘されてしまうのか。
とにかく各話とも、視点がうまい。いい感じに茫然となる。だがテクニカルに驚く以外に、もっと生々しい気持ちが沸いてくる。なるほど小説のテーマとしては絶好だ。また、SFに寄せすぎない、このバランス感覚がニクい。

AIの活躍は、時に人間を不安にさせる。AIに怯えないで済む未来があると思いたい。そうすると、自然と人間の在り方についてなどに、思いを馳せていくことになる。
本書で筆者が強く惹かれたのは、例えば開発に関わるプロ棋士や、AIに取り込まれてしまう画家の身内や、小説を送り出す編集者といった、奇跡のAIのそばにいた人びとの葛藤であった。AIは神が創造し、人間世界に降臨した天才ではない。造り手がいるのである。
AI開発に関わる方の本を読むと、そこにはいつも、彼らならではのさまざまな感情がある。本書はその点、あくまで小説であり、ドキュメンタリのように網羅された情報量がどっと流れ込んでくるわけではない。しかし、ただストーリーを追うだけで、人類を憂えたり、未来を思ったりと、脳内が各所でビカビカ点滅するように忙しかった。

ほとんど人間のようなアンドロイドが登場する作品は、これまでにも沢山あった。
だがAIはまだ、人間を振り向いていない気がしている。
本書でも小説AIは「いいね!」の数など気にせず難解作を賞賛し、美術AIは誰にも忖度なくのびのびと作品を織りなしていく。それらがどう捉えられるかを、彼らは気にしていないのだ。人間はその都度、ひと騒ぎし、通り過ぎる。
AI自身は、純粋で、真摯だ。そして彼らと、向き合い続ける人びとが必ずいるのだ。
表題作を読み終わったあと、筆者はふたたび巻頭の『負ける』に戻り、読み始めたときよりどこか身近に感じるロボットアーム「片腕」と、そこに宿った将棋AI「舵星」と、彼らを開発した人びとに泣かされちまったのだった。

誰にとっても他人事ではない、しかし今のところは通りすぎていくAIたちを、丁寧に追っている人は多いと思う。あらためてそれを実感し、岩波新書の『棋士とAI』を手にとった筆者であった。
この鉱脈は奥が深すぎるのだが、どうにも通りすぎることができないのである。



図書館 司書 関口裕子