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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
カモノハシの博物誌 ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語

カモノハシの博物誌 ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語


浅原正和 (株式会社技術評論社 2020年)
2020/12/24更新 202006号
分類番号は489.2。
マンガ『銀の匙』で「総排出孔」という言葉を知ったが、本書で「単孔類」を知りました。ハリモグラとカモノハシは赤ちゃん時期そっくりというのも初耳。

冒頭から、キナ臭い匂いはしていた。
しょっぱなに「著者が子どもの頃に作成したカモノハシ便せん」なるイラストがあるではないか。警戒注意報を感じた。大学の先生の本とはいえ、きっと推し愛本だぞ。
読了後、訂正。そんな生易しいものではなかった。警報にすべきだった。

「博物誌」というのは「ひろくものごとをしるす」と書くのでまさにその通りの一冊である。カモノハシの形態・生態・進化の過程など解説してくれる序盤戦から、初心者は何度も驚くことだろう(筆者だ)。水中では目をつぶってるのか! 水かきは畳んで足パッドになるハイスペックパーツなんか。おっと、蹴爪には毒腺もあるんかい!
果てはしっぽを持ってぶら下げる「カモノハシの持ち方」なるイラストの衝撃。それでいいのか。ううむ、やってみたいことこの上ない。
言わせてもらえばカモノハシのルックス、好みである。以前、ベルサイユ宮殿で大型ネズミのような小型カピバラのような動物を見て、あとで調べたらヌートリアだった。そのとき「ビーバーの方がしっぽが可愛いな」と思ったものだ。カモノハシ、くちばしは鴨だがしっぽはビーバーテイルのぷっくり版である。なんとそのぷっくりは、栄養貯蔵庫なのであった。なんて機能的なんだカモノハシ。
そんな感じで、思えば平和に読んでいたのは前半だけだった。
骨格や標本がばんばん登場するあたりから、過去の(本の)記憶が次々フラッシュバックして忙しかった。骨格も標本も恐竜もダーウィンも、当欄で通った道である。思い起こす量がハンパではない。真性文系たる筆者だが、10年以上当欄で読み書き暮らす間にそれなりに蓄積されていたものらしい。
さらにカモノハシ発見からその研究・普及を語る「歴史編」に至っては、西洋史選択者としては刺さる刺さる。そうです王立植物園長のビュフォン伯爵は革命前に亡くなったけど、墓はさんざんな目に合うのだよ(涙)。1922年にはブロンクス動物園にカモノハシが登場したとな! ベーブ・ルースがヤンキースで大活躍を始めた時期ではないか。禁酒法時代のNYにカモノハシブームが巻き起っていたのか。感慨深いぞ。
そしてチャーチルがカモノハシ輸入を目論んでいたくだりに至っては面白過ぎて、浅原先生のカモノハシ外交論文も読んでしまった。「ウィンストン」と名づけられたカモノハシの標本の行く末とか、歴史あるあるなパターンで、細かいことだが事実を突き止めるって大変なのだ。ペリー提督が連れ帰った狆が、ヴィクトリア女王の元に届いていたかどうなのか、とか、いまだ真相があいまいな小粒ネタは山ほどあるからね。

そんな、全編がカモノハシの栄養満ち満ちな本書であるが、まるで夜のしじまに響くロミオの声のように、著者のキモチもよく聞こえる。カモノハシ流の泳ぎ方をしてみたとか、鉄分添加牛乳はカモノハシの母乳に近いよとか、名刺にカモノハシを描いたとか、日々カモノハシと共にある、そう、「推しのある生活」を体現したような先生の日常が、もはや尊い。カモノハシで講義をするときは必ず教壇にぬいぐるみ、ということは、そうか先生の大学では、ぬいぐるみを持って廊下を歩く成年男性を日常的に見かけるんだなあ。

が、同時に本書には、著者の研究史とともに、研究者の日常についても記されている。
ほほえましい留学生時代の思い出もあれば、学問的な紆余曲折、研究費獲得活動や教員職務に忙殺される日々といった、より生々しい描写もある。過労死を意識しながら「熱にうなされるように」研究を続ける、それが現代の研究者なのだ。基礎科学の意義についての記述も心に残った。
肖像画めいたカモノハシと、マンガ的キッチュなカモノハシが挿絵で同居しているように、いくつもの味があることをお約束しよう。例年、この時期はクリスマスっぽい本をお届けしているが、今年筆者のまわりを、首を振りながら星を担いで漂っているのはカモノハシである。本書とぬいぐるみをポチりたい衝動に耐えられるのか自信がない。
推しがいるすべての人に贈りたい。推しよ、今年もありがとう。



図書館 司書 関口裕子