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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
ハトと日本人

ハトと日本人


大田眞也 (弦書房 2018年)
2021/7/1更新 202101号
分類番号は488.45。
世界各地の鳥の切手がたくさん掲載されていて、対い鳩の家紋まで載っていた。確か熊谷直実の紋が鳩だったはずである。大河ドラマで見られるだろうか。

本学には付属ワイルドライフ・ミュージアムという博物館がある。
学内の「一号棟」と呼ばれる赤い屋根の洋館にあって、現在工事中である。なんとこの建物、都内唯一の明治の役所建築なのだ。おととし、国の登録有形文化財となった。
保存のため建物の基礎部分と上物を切り離し、「曳家(ひきや)」なるダイナミックな工法で上物をそのまま4mほど移動させて道路から離し、新たに基礎も補強する大規模工事で、その間、ミュージアムは閉館だ。しかし中の人たちは着々とお仕事していて、ふと気づけばE棟エントランスホールにて、けっこうな規模の出張展示を展開中であった。
なかでも足を止めてしまったのはデジタルサイネージ(こう呼ぶんですね)の動画である。
なんと本学構内でオナガやキジバトが、ガチで子育てをしてるではないか!
本学は新宿から30分(そして駅から徒歩2分)という好立地で知られているが(いないか)、
その割に構内は武蔵野の自然が感じられ、梅、桜、アジサイと季節の花も芳しく、野鳥もよく見かけるが、子育てまで観察されていようとは。

展示では当館の野鳥本についても紹介してくれており、すぐにメールすると、動画から写真を切り出してくれた。わーい。いま、館内にオナガキジバトについて「ネットではなく図書館で調べてみた」という当館オリジナルポスターを展示中である。
作成中にハマったのがこの一冊であった。

当欄で読んできたさまざまな生き物本。
情報やデータがずらりの豪華懐石のような本が多いが、本書はちょっと、オモムキがちがう。玄人はだしの料理人が心をこめて拵えた、とっておきのお弁当のような感じだ。
海外のハトや絶滅したハトにいたるまで、その生態だけでなく文学や歴史にも目配りされたきめ細かい内容なのだが、メインのキジバトとドバト、そしてアオバトについては著者のご自宅のある熊本市を中心に、こつこつ観察を続けた記録と豊富な知識を中心に書かれており「身近」感満々なのである。写真も自前だ(カメラにもお詳しい様子)。野鳥の会会員の底力を目にも見よ、である。その底力にはズバリ、愛がある。
ご自宅の庭で毎年キジバトが子育てしている。ヘビやカラスに卵やヒナをやられまくりで、著者はハラハラし通しだ。しかしハト夫妻はまったく懲りず、同じ場所で営巣する。カラスなどはすっかりご贔屓レストランのように思っており、著者は悲しげに「憂慮しています」と記すのである。なにしろ著者が見たところ、良さげな同種の樹木(カイズカイブキ)が他にあり、しかもキジバトの巣と来たら「粗雑ですぐ作り直せる」と断言されるアバウトさなのだ。そう、引っ越せばいいではないか。
この点については本当にやるかたないようで、著者によれば鳥類の「中古物件(古巣)」の再利用は珍しくないが、少なくとも内装のリフォームは行うのが普通で、猛禽類などは巣がだんだんと堅牢に巨大化する傾向もあるという。
しかしキジバトは居ぬきで手軽に引っ越してくることもままあり、時にはカラスの古巣を物色したりしていて、そのマイホーム選びの適当さに、著者は胸を痛めるのである。
「キジバトは、巣造りがよほど苦手で、面倒にでも思っているのでしょうか。雌雄共同での巣造りには番の絆を強め合う効果もあるようですが、そのへんもどうなっているのでしょうか」
キジバトよ! 心配されているぞ。巷ではベランダにハトが巣をつくる被害について、あちこちで報じられており(深刻である)、なかなか引っ越してくれないと言われるが、なるほどこういう性質であったのか。

かつて読んだヒドラ本で、ヒドラの幼生が水中で運命の相手(付着したい巻貝)をけなげに待っていたところ、鈍感な巻貝が気づかず踏んづけて通った際に、研究者は「気づいてやれよ!」と怒鳴りつけたくなった、というのを思い出したものである。
著者の溢れる思いを受け止めながら、ぜひハトに浸っていただきたい。筆者が注目したのは、ハトは「ピジョンミルク(鳩乳)」というベビーフードを体内で自家製できて、しかもオスも同機能があるため、季節に拘らず夫婦揃って子育てできる、という点であった。そうだろう、子育てに適した環境があれば、子どもだって増えるんだよ。
同じ著者の作『猛禽探訪記 : ワシ・タカ・ハヤブサ・フクロウ』もお勧め。



図書館 司書 関口裕子