「吾妻鏡」。ざっくり言うと鎌倉幕府についての歴史書である。流人の源頼朝が挙兵するところから、頼朝・頼家(長男)・実朝(三男)が死んで源氏直系が断絶し、頼朝の妹のひ孫という「遠!」い親戚が四代目となり子供が五代目を継ぎ、さらに六代目になんと親王をかつぎだし、でも結局は京都に送り返してしまうまで、六代分の将軍年代記である。
同時代の公文書や日記等からネタを集めて年代順に編纂されており、武家政権の成り立ちを綴った初の「ほぼ公式?」史料として、のちのちの時代の武士もおおいに参考にした。
理系専門書に偏った当館だが、この現代語訳が全部あるのだ。
本書「鎌倉時代を探る」はその別巻で、「これを読むと吾妻鏡がよくわかるよ」という解説本なのだが、いやいやこれを読むと吾妻鏡以外もぐっとわかりやすくなる。特に「そこそこ知識はある」という方におすすめしたい。「知識」がぴしっと整理されてのちのち重宝する(であろう)。
ただ、第一章第三節の「『吾妻鏡』の時代」は『鎌倉殿の13人』のあらすじというか盛大なネタバレなので、ネタバレだめならここは飛ばした方がいいので要注意。
おススメは第二章第四節の「『吾妻鏡』の人々:人名の比定」である。人名の比定とは、書かれている人物が具体的に誰であるか確定する作業である。呼び名はややこしいのだ。
たとえば「佐々木四郎」と「佐々木左近将監」、「近江入道」が実は同一人物であり、なぜそうやって名前が変わっていくか、その方式をひも解いてくれる。また、梶原景時の通称がなぜ「平三」であるかなど、この時代の呼び名のお約束もわかりやすい。
これがけっこう実用的で、これまでの大河も含めて「あれはそういうことだったのか」と思い至り、スッキリした次第である。ファンタジーによくある、世界観をまたいだ共通のお約束を会得すると思えばよいだろう。
つづく「京下りの人々」も面白かった。史上初の「幕府行政」を支えたのは、京都の下級官僚出身の天下り組であった。京都の官僚たちはある程度まで出世するとアタマ打ちとなり、それ以上上がれるのは一部の家柄限定だった。その他大多数はその後、地方行政を支えていたのである。そういうことだったのか。その他にも、あらたに出現した地方都市・鎌倉には多くの歌人や蹴鞠のタレント公家、陰陽師、医師などが来訪した。藤原定家や鴨長明、西行も「吾妻鏡」には登場するが、その背景がわかる。
意外に面白かったのが第一章第二節の「『吾妻鏡』の諸本と伝来」である。
「吾妻鏡」は原本が残っておらず、ほうぼうの写本を集めたものが現在のカタチである。
写本にはそれぞれ由来があるが、これがすごいのだ。
「北条本」と呼ばれるもっともメジャーな写本は江戸幕府の紅葉山文庫にあったもので、もとは小田原で滅びた北条氏が所蔵したものであった。小田原開城を仲介した黒田官兵衛に御礼として贈られ、その後徳川家に献上されたのである(家康は「吾妻鏡」フリークだった)。おお、そういういわれがあったのか(※この北条氏は義時とは関係ない)。
その他、「島津本」「毛利本」「前田本」など大名家由来の写本があるが、秀逸なのが「吉川本」だ。戦国時代に滅びた大名・大内氏の重臣であった右田弘詮(ひろあき)が個人的に蒐集したもので、なんと諸国をめぐる僧たちに頼み二十年かけて集めたという。なんでも最初に入手した写本にどーんと欠落があり、蒐集を思い立ったというからものすごい。コンプリートを目指す執念は古今東西変わらないとわかり胸熱だ。
弘詮没後、大内氏は波乱の末に滅亡するが、弘詮の孫(乳児)が毛利家に逃れ、弘詮版・吾妻鏡は毛利元就次男の吉川元春へと伝来したのだった。
その他、各種儀式はどう定まっていったかなど、手本のなかった「ファースト幕府」の実態がわかってなんだかんだと楽しめた。『現代語訳 吾妻鏡』は全16巻だが、ドラマで描かれるのは途中までである。ネタバレを避けるなら、ドラマの後追い読書もいいだろう。史実ではどんなだったのか、読んで二度楽しめる(しかし先を読まないように!)。
毎日通う先に図書館があるのが大学生活の醍醐味の一つである。本の探し方がわからなければどんどん聞いて、欲しい本があればどんどんリクエストして、卒論や博論について本の相談があればどんどん突撃してきてほしい。サークル活動をはじめ趣味の読書もどんと来いである。大河ドラマ読書、いいではないか。今年もよろしくです。