本学とは縁も深い井の頭公園。昨年は自然文化園の80周年というおめでたい年で、なんとあの『井の頭公園いきもの図鑑』も改訂された。
ページ数は変わらず、写真もほぼほぼ前版のものなのでマイナーチェンジではある。が、こまかな見直しがあちこちにあるので見過ごさないでほしい。例えば「菌類」。
春に見られる「アミサカズキホコリ」の項が「ウツボホコリ」に差し替えられ、「コシロジクキモジホコリ」「キミミズフクロホコリ」「マンジュウホネホコリ」がなくなった。
夏の「シロウツボホコリ」のところには春から「クモノスホコリ」が移動してきた。「ススホコリ類」や「ムラサキホコリ」は新登場である。秋は「ドングリキンカクキン」が「ムラサキシメジ」になり「フシアミホコリ」がフェードアウトした。
日ごろの丁寧な観察の賜物といえる。版元のぶんしん出版さんは、武蔵野多摩エリアの文化・歴史・自然をテーマにした本などを多く出版していて、地元パワーも感じる。
井の頭公園は、かつて徳川家の御用地であり、その後、宮内省管轄となって大正期に東京都に下賜された。家康も愛でたという井の頭池は神田上水の源として、江戸期からその名を轟かせていたが、近年は深刻な環境汚染を抱えていた。
本書の初版発行後のトピックスは、その井の頭池の大々的な「掻い掘り」がついに終わったということだろう。
2014年、2015年、そして(恩寵公園としての)開園100周年だった2017年暮れからと、計3回実施された掻い掘りの効果をひとまずまとめたのが、今回の改訂版というところか。
公園面積の1割を占める井の頭池である。その環境改善効果は見られた。「夏の昆虫」として改訂版から登場した「チョウトンボ」は、植生復活が要因と記載されている。
園内で際立った変化があったのが「鳥類」の生態である。
改訂版のあとがきによれば、かつては寝ぐらとして公園を季節利用するだけだったオオタカが、2018年からは繁殖の場として暮らすようになり、2020年にはめでたく3羽が巣立ったそうだ。オオタカ界にSNSがあったらフォローしたいものである。本書のオオタカの項も、写真がアップデートされた。
興味深いことに、オオタカは人間が行き交う場を「天敵回避スポット」として活用しているらしい。人通りの多い場所をセレクトして堂々と巣作りするのである(旧版では「お嬢」と呼ばれる物怖じしない個体について「彼女を観察することで多くのことがわかった」と特記していた)。そしてオオタカの営巣は、彼らが残す大きく立派な羽根を巣材として歓迎するエナガなどの生活向上にもなり、その分布拡大にも一役買っているのではないかと云う。思わぬ効果にびっくりである。
公園内にひしめく各種カモ族にしても、かつてはオナガガモが最多であった。しかし、徐々にその数を減らし、改訂版ではとうとう「少数派」と明言された。旧版で優占種とされていたキンクロガモも、2021‐22シーズンではヒドリガモに王座を譲り渡したらしい。
野鳥観察スポットとして愛されているだけに、細かな観察結果が興味深い。「冬」の項からはヒガラが退場した。各シーズンの構成も、それぞれいきものの掲載順が変わっており、微妙な調整がなされている。
環境の変化は掻い掘りだけでなく、例えば温暖化の影響もある。旧版では春(4、5月)の鳥だった「サンショウクイ」が新版では10月から5月まで観察される冬鳥になった。かつては九州以北に渡っていく、背がグレーの夏鳥が多く見られたのが、西日本以南の留鳥リュウキュウサンショウクイ(亜種/背が黒)が広まったかと推測されている。その原因として挙げられたのが、越冬する虫の増加であった。
気になるのは弁天橋付近のイロハモミジやムクノキが伐採されたことである。改訂版ではその事実について言及するにとどめ、写真もまだ旧版の美しい紅葉写真が掲載されているが、次回の改訂はどうなるだろう。