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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築―ミッション建築の精華

ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築―ミッション建築の精華

山形政昭(株式会社創元社 2018年)
2023/08/23更新 202303号
分類番号は523.1
調べてみるとヴォーリズ建築事務所関連以外でも、同時期に北大キャンパスの古河記念講堂や、旧北海道庁函館支庁舎が建てられている。なお、本学付属博物館が作成してくれた、赤い屋根の一号棟についての素敵な小冊子についてはこちら
一号棟小冊子

 ずっとそばにありながら、気づかずにいた。筆者にとってヴォーリズはそれである。
 本学に来てから、この明治の建築家を知った。本学にはかつて「ヴォーリズ館」と呼ばれた校舎があったのである。いま、正門を入るとある赤い屋根の一号棟も、移築に際し、ヴォーリズ建築事務所が関わった建物ともいうが、こちらについては筆者は文献で確認できていない。
 それらを知ってから何年にもなるが、ふと「ヴォーリズの本が図書館にあってもいいのでは」と思い、本書を購入した。ヴォーリズの学校建築がフィーチャーされていたからである。巻末の建築作品リストの「学校」の項には「日本獣医学校(本学の前身)校舎」がちゃんと入っている。
 しかし「教会」の項に「本郷福音教会(根津教会)」があって驚いた。これは同じ法人の日本医大近くにある、あのチャーミングな教会ではないか。前を通って出勤していましたよ。また、パイプオルガンを聴きに行った御茶ノ水スクエアも、ヴォーリズ設計の主婦の友社社屋を模したものだったという。さらに大好きな山の上ホテルもと知るに至って、実は身近な存在だったのだなとあらためて実感した次第である。

 ヴォーリズの経歴で特筆すべきは、別に彼が建築家として来日した訳ではなかったことだ。彼は伝道者なのである。当初は教師として働きながら布教活動をしていたが、その道が絶たれ、建築に行きついた。そもそも彼は、コロラド大で建築を学びながら伝道に目覚めたために、哲学科に進路変更して卒業し、熱い伝道の志を持って来日した人なのである。そんな彼が不屈の気概で日本での伝道に勤しみ、その結果、素晴らしい洋館を各地に誕生させたのだから、わからないものだ。彼が赴任したのが近江八幡市で、ここはかつてイエズス会の宣教師ヴァリニャーノがセミナリヨ(小神学校)を建てた地であったことも暗示的だ。筆者は安土城址やセミナリヨ跡を鼻息荒く歩きまわり、実は近くにヴォーリズの建築物が沢山あることを知らずに帰ってしまった残念な過去がある。もったいないことをしたものだ。

 本書の構成は、第1章にヴォーリズの活動の主体である「近江ミッション」関連の建築、第2章にミッション・スクール、第3章に教会やYMCA・YWCA、第4章に住宅建築、第5章に商業建築やオフィスビルというように、建造物の性格別で掲載を分ける体裁となっている。基本的には現存するものを取り上げており、建築当時だけでなく、その後の変遷に至るまでエピソードを連ねながら、写真や図面も多く掲載されていて飽きさせない。エピソードの中には、朝ドラ『あさが来た』の主人公のモデルとなった女性実業家の廣岡浅子や、『花子とアン』のモデル村岡花子(『赤毛のアン』シリーズ等を翻訳)、仏文学者の朝吹登水子といった著名な人物も登場する。朝ドラでは描かれていなかった、廣岡浅子のクリスチャンとしての側面も、筆者は恥ずかしながら本書でようやく知ったのだった。
 ついでに言えば、作中に紹介された本だけでなく、いろいろ読みたくなる一冊である。本書は建築についての本でありながら、信仰や伝道についての本でもあり、近代史の本でもある。建築も、木造の小さな教会から、大丸百貨店のような壮麗な建造物まであり、意匠もさまざまだ。旅に出たくなる一冊ともいえるだろう。

 本書によれば、日本獣医学校の校舎をヴォーリズ建築事務所が手がけたのは1936(昭和11)年である。この年、二・二六事件が起きていて、1939年には第二次世界大戦に突入する。1935年に荻窪教会が建てられているので、この頃中央線沿いでヴォーリズの事務所が活躍していたわけだ。そして戦後の一大事業となったのが、三鷹の国際基督教大学の建設プロジェクトであった。
 旅行に行くたび、建築への興味がむくむくと興ってくるのだが、最近は読書によっても同じ現象が起こるようになった。思えば建築を愛でることは、建てた人/住んだ人/愛した人についても知るということで、本は絶好のお供である。写真もいいが、図面やイラストもいい。海外旅行に縁遠くなってしまった昨今だが、国内でもまだまだ行くところが尽きない。しかし近江八幡、なんで知らなかったんだ自分…。

図書館 司書 関口裕子