ドラマ『舟を編む』を楽しみに一週間を過ごしている。
三浦しをん氏の原作も勿論だが、ドラマ版も格別だ。原作では主人公だった馬締みっちゃんは、今回は主人公を「辞書づくり」という世界観に引き込む役どころだ。コトバに対する溢れんばかりの情熱とセンスが、相変わらず超ド級なのは言うまでもない。
さて、本書『ソバとシジミチョウ』の著者もまた、コトバ感覚がとんでもなく鋭い先生である。『古事記』に登場する「豊秋津洲」を「秋津洲というからには無数のトンボが飛んでいたのだろう」と、その光景を想起させてくれたり、「マンモスかわいい」という言い回しを紹介して「しかしケナガマンモスはアジアゾウサイズである」と教えてくれたりと、そのたび「さすがです先生!」とにんまりしてしまう。ご自身の研究対象である生態系(エコシステム)についても「現代はビジュアル系、体育会系などの類型を表すことが多い」と呟いてから「でも生態系はシステムです」と念を押す。きっと先生、学生さんの会話を耳にしながら、ぐいぐい語彙を増やしまくっておられるんだろうなあ。
というか、学生さんとの距離が近く、ガッシリ刺激も受けとめる方なのだと思う。本書、めちゃくちゃ学生さんが登場するんですよ。ジャノメチョウを4000羽も数え上げる(一羽ずつ羽根にナンバーを書いていく!)チームを指揮したAさん、ザリガニライフをどれくらい落ち葉が支えているのか溜め池の葉っぱをもれなく計測したK君、溜め池に住む外来種と在来種の関連を調べあげたM君、元・教え子で今は国立研究所で活躍するというW君、そして絶妙のタイミングから飯島町シジミチョウ調査ライフに突入することになったN君。彼らの功績なくして成し得なかった研究が、こんなにもある。
なお、学生研究者だけでなく「シチズン・サイエンティスト」という存在も忘れ難い。「モニタリングサイト1000里地調査」など、組織的に多様性の護り手を増やそうという活動があることを、本書であらためて知った。
どの分野でも知見を積み重ねるということは、たいへんな労力と協力を伴うものなのだ。
研究者は、その労力がなるべく正しく積み重なるよう、考えまくり、聞きまくり、調べまくり、導いていく存在なのだろう。が、宮下先生も人間である。ご実家をあっさり手放してしまってから、かつて見たシジミチョウの群れの美しい光景を思い出すというくだりは印象的だった。気がつけば、あんなにいたミヤマシジミは姿を消しており、先生は探し始めた。そして、豊かな群生地を長野県飯島町に発見し、絶叫したという。絶叫とな! そして土地の人に興奮して話しかけた。さぞ皆さま驚いたことだろう。
前述のN君は、先生の情熱を浴びるままに卒論研究として飯島町のミヤマシジミを選び、ひたむきに調査するうちに町の人びとにも認識され、それがのちの東大と町の研究提携につながる。その後N君は、住民票も移して研究を続けているそうだ。
前著『となりの生物多様性』で、多様性について語るシンプルでインパクトのある本が必要だと宣言していた宮下先生。今回は、ニッポンの里山というユニークな生態系について丁寧に紐解きながら、さまざまな研究者たちの活動について、よりリアルに伝えてくれている。まさに研究者の多様性だ。自然の多様性を護ろうとする多様な研究者たちの行く手は前途多難であり、それは我々の生活にも大きく影響することだから、心配は尽きない。が、先生は「リアルな人と自然の関係性において、その実態は複雑だが、予測不可能なことが実は希望ではないか」という結論で、本書を締めくくってくれた。
先生は今日もまた「む、肉食系というのは食の好みを表すコトバではないんだな…」などと学生の会話を耳にしながら、ともに研究を続けておられるのだろう。ソバの花の白い波に、シジミチョウが群れ飛ぶ光景が、灯台のように輝いている本書。多様性保全研究という大海は、広く荒く、海図も朧げだが、本書のような灯台も少しずつ増えている。
我々はそれを頼りに、覚悟して渡っていくしかないぞ。
関口 裕子