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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
正解は一つじゃない 子育てする動物たち

正解は一つじゃない 子育てする動物たち


長谷川眞理子 監修、齋藤慈子、平石界、久世濃子 編(東京大学出版会 2019年)
2021/9/17更新 202103号
分類番号は481.78
前チンパンジーの研究者が息子のドラミングをみて“それはゴリラだぞ…”と呟いているのに爆笑しました。

当館の館長・柿沼美紀先生(比較発達心理学教室)と感想を話し合い、盛り上がったので、一部公開しようと思います!
柿沼館長と盛り上がった対談はコチラです

 これはまたユニークな一冊である。
 動物の子育てに学びましょう、といった「子育て」をテーマにした動物本は珍しくない。飼育員さんや動物園の獣医さん、保全団体の活動家などが自らの体験をもとに執筆することが多いように思う。
 翻って本書の執筆陣は学界的には「若手」と言われる研究者たちで、対象はさまざまだが主に動物の生態や行動学などを専門とされる方々であり、各自の知見を元に稿を起こしている。しかし実は全員「子育てを経験した」という共通点があり、それぞれ自らの子育てエピソードを披露していて、これがなんというか、ジワジワと、格別に面白いのだ。

 もちろん関わりの密度はそれぞれである。「殆ど妻まかせ」と告白する人もいて、やはり女性に育児の比重がかかっているのは事実なのだが、予想したよりバラエティがある印象だ。なにせ執筆陣の男女比は6:4ぐらいで、これがまた、名前を拝見しただけではわからず、文章を読んでもわからず、子育てエピソードに来てやっと教員の人となりがわかる稿が多いのだ。
 子育てに至った経緯や環境もかなり違う。なかなか環境が整わず子づくりは先延ばしにしたかったが妻に押し切られた、という方もいれば、子育ては夫がメインだった、という方もいる。夫の方が子連れ出張を試みたら職場からストップがかかり「これが妻なら止められただろうか。男性研究者の地位向上のためにも抗うべきだった」と記している方もいた。結婚後も研究に没頭したいから研究対象を「親子関係」にしたら予想外に不妊に悩み、考えることが多かった、という方もいて、なるほど実に多様である。
 この多様性、そしてそれぞれプロとしてのキリリとした文章が、至極心地いい。
 第1章は「進化から捉える枠組み」。子育ては環境によって進化(変容)すること、母性神話のウソを指摘するなど、論考がわかりやすい。
 抱っこの効能や離乳について科学的に書かれたのが第2章「動物に見られる子育てのメカニズム」。これも視点がいい。
 そして第3章「動物の子育てのバリエーション」が圧巻で、オスのワンオペ育児だったり(トゲウオ)、集団保育だったり(アリ)、子育てによってイクメン化するオスだったり(マーモセット)、頼もしい放任育児だったり(ゴリラ)、夫婦一致団結保育だったり(ペンギン)と何でもありである。
 第4章「驚くべき子育て」はさらに深掘りで、托卵という掟破りの育児の解説や、女系子育てと言われるノネコに見られた驚きの父性、進化で父性を失っていったオオカミ、障害児のチンパンジーを守った環境、出産経験のないメスのイルカの子育てなど、理屈やセオリーのみではなく、やはり育児も進化や適応をし、例外もあるのだと明らかになる。

 母性神話の非論理性が第1章に置かれていることからも、本書が「子育ては進化・変容する」ことをテーマとしていると感じられる。子育ての「こうであるべき」という軛を解き放ちたい、という思いがそこにある。
 そして多くの稿で、保育士などを含めた共同保育の利点について言及されている。本書の知見でも指摘されているように、歴史的にも共同保育が一般的で、理に適っているのだ。コロナ禍でも露呈したが、子育てがママひとりにかかるとリスクも高い。
 しかし本書の何よりの効能は、彼ら彼女らの多様性そのものではないだろうか。ニッポンの子育ても、少しずつではあるが、進化しているように思えるのだ。

   「いまウソをついた!さすが人間だ!」と感動したり、「オランウータンの子育ては報われる範囲内で済むのに」とこぼしてみたり、本当に自分の子供がいちばん可愛く見えて「オキシントンの効果すげえ」と実感したりと、研究者の感想がいちいちツボにはまる。印象的だったのはある男性研究者の「保育園での議論は親御さん各自の細かい観察と深い洞察、保育士さんたちの豊かな経験と知見が詰まっていて、学会に来たかのような高揚とほどよい緊張感があった」という一文だった。そして彼は「安易な答えに飛びつかず、すぐに成果を求めずという心構えは研究そのものではないか」と指摘しているのである。

 日本社会は子育てに理解が少なく、不寛容であると言われる。シニア層の男性は子育てに関わらなかった方も多く、日本にはベビーシッターのアルバイトもないため若年層からも縁遠い。動物たちのユニークな子育てを存分に堪能できるこの一冊が、楽しく知識を共有できる、小さな力強い一歩となってくれはしまいかと願う。




図書館 司書 関口裕子