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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
クリーンミート 培養肉が世界を変える

クリーンミート 培養肉が世界を変える

ポール・シャピロ著・鈴木素子訳(2020年 日経BP)
2021/11/29更新 202104号
分類番号は648.2
肉食はいったん普及してしまうと戻らないそうです。ベジタリアンも増えているわけではないそうで、肉おそるべし。
乳肉利用学の三浦准教授からコメントが届きました(記事はコチラ)

『本の雑誌』9月号の特集「海外ノンフィクションが面白い!」、読みましたか! 筆者はすぐさま、当館の海外ノンフィクションを漁り、無謀にも「海外ノンフィクション全集全50巻ニチジュウ版」まで創ってしまった。これはそのうちの一冊。
「クリーンミート」と聞いて、恥ずかしながら筆者は「おトーフやコンニャクでできたやつ…?」と思ってしまったのだが、それは「代替肉」。そうではなく、細胞培養でできた「培養肉」のことである。ちっぽけな筋細胞から、食べる部分だけを生成するのだ。
遺伝子組み換えでも拒否感あるのに、細胞を培養してできた食べものだと!…と引いてしまってもムリはないと思う。
以下、ココロをよぎったもろもろの懸念をあえて言語化すると、こんな感じであった。

  • ① テクニカルにはまだまだ難しくて、きっとひとくち何十万円、いやいや何百万円的な、べらぼうに高い肉になるハズだ。
  • ② それに健康へのリスクはどうなんだ。
  • ③ なにより美味しいのかそれは。お肉独特のうま味とか歯ごたえとか、そういう満足感幸福感まで満たしてくれるものなのか。
そして結論から言えば、上記のような懸念は実際、確かに懸念なのであった。
  • ① 確かにまだ市販とか考えるレベルではない。
  • ② 検証はこれからである。
  • ③ たとえばがっつりステーキを切り取ってがぶっといくテクスチャーなどはまだ夢。
 ただし、①にしても実用化が見えてきてはいる。本書で指摘されているように、例えば遺伝子解析にしても、ほんのひと昔前までべらぼうに高額だったのだ。②も、逆に言えば今のところ大きなリスクは発見されていない。③は時間の問題っぽい感じだ。
 しかし、筆者が驚いたのは、本書のコンセプトが「SDGs」であることであった。恥ずかしながら、今までそういう観点から培養肉について考えたことがなかった。
 しかし指摘されると覚えがある。畜産というのは、温室効果ガス排出の一大要因なのだ。日本のメタンガス排出量の27%は牛のゲップ由来という。世界中でいま、牛に海藻サプリを与えたり、トイレトレーニングをしたり、牛糞を発酵させて発電したりと、涙ぐましい様々な試みがなされているのだ。
 また本書によれば、地球上の氷上でない土地のうち、四分の一は家畜のための牧草地であるという。耕作地の三分の一は家畜用飼料栽培地という指摘もある。
 何より現在、牛も豚も鶏も、家畜には優しくない不自然な飼い方について問題視する声が高まっている(スーパーに「平飼い卵」が並んだりしていますね)。家畜には疾病予防として抗生物質もがんがん投与されていて、それを食べる人間への影響も心配されるところだ。家畜由来の感染症発生への懸念も大きい。そうやって人類へのリスクを増やしつつ不幸な一生を送る家畜を殺生した挙句、食べる部位以外は捨ててしまうのだ。
 もし細胞培養で肉をつくることができたら。不幸な家畜は激減する。そして、例えばコレステロールや乳糖などを軽減した、健康に配慮した食品開発もできる。食品以外でも、衣類用レザーなども培養作成できれば、皮をなめすなどの過程における環境汚染は減る。
 人間にも動物にも、いいことばかりではないか。しかし、どう考えてもそれは「自然」ではない。
「自然」ではない以上、どんなリスクが隠れているか、わからない。
 読み進みながら募るモヤモヤと格闘して結局、これは価値観の多様化だなと思った。何よりリアルミート、リアルミルク、リアルエッグにしかないおいしさや栄養価や健康へのメリットもきっとあるだろう。『牛たちの知られざる生活』に描かれたような、牛本来の生活を尊重した牧場や、そこで生産された食品といった、古くからの畜産の魅力も原点回帰で見直されるのではないか。半面、アレルギーなどでリアル食品を食べられない方々にとっては朗報だし、培養肉や培養卵ならではの食べ方も発明される気がする。
 培養肉の開発が進む傍らで、それらメリットとデメリットを可視化する研究もきちんと積み重ねられるなら、消費者として自分に合った選択ができる未来が来るのではないだろうか。
 想像以上に身近に迫ってきているクリーンミート。いったん「儲かる」「価値がある」という評価が広まれば投資家が増え研究が進み、安価になれば存在感も増す。人工カフェインやバニラ(バニリン)はすっかり定着している。クリーンレザーなど、食品以外が先に普及する可能性もある。
 どこに価値を見出すか。プラマイしてどれを選択するか。そのためにも各分野で研究が誠実に進んでほしいものである。どこかが遅れると、ひずみがでてきそうな気がする。
 人間にも動物にも地球にもメリットが大きそうな、せっかくのいい技術が福音となりますように!



図書館 司書 関口裕子