①ウイルス性下痢症に関する調査
幼齢期や特定の季節に必発する動物の下痢症は、家庭動物や産業動物など問わず慢性的な問題となっています。下痢便を収集し、他大学他機関と共同で下痢に関与するウイルスの同定、流行の解析、疫学解析を主軸とした危害因子の探索に取り組んでいます。
私達や動物は様々な形で微生物と接しています。それらのうち一部の微生物が感染症を引き起こし、私達や動物の健康に害を及ぼします。ヒトや動物の健全な生活において病原微生物による危害(リスク)を制御する知識と技術の重要性は高まっており、家庭動物の医療はもちろん、私達の生活に欠かせない生産動物(牛・豚・鶏など)の飼育管理、医薬品や食品の生産管理、動物や畜水産物の輸出入など、幅広い領域で必須となっています。一方で、感染症による健康被害は減りつつも絶えることがなく、慢性感染症、新興・再興感染症、あるいは越境性感染症の問題など、取り組むべき課題は絶えません。
微生物・感染症学研究分野では、動物にまん延するウイルス感染症の調査・研究を行い、動物の感染症からの解放、あるいは動物の感染症の制圧などを目指しています。
BVDVは主に牛に感染する病原体です。BVDVが妊娠牛に感染すると、胎盤感染が成立し、持続感染牛が産出されます。この持続感染牛は、自身の分泌物から終生ウイルスを排出し続けるため、感染拡大の原因となります。さらにこの持続感染牛は非常に致死率の高い牛ウイルス性下痢・粘膜病発症のリスク牛となるため、持続感染牛の摘発淘汰がBVDV感染制御の鍵となっています。当研究分野ではBVDVの撲滅を目指して様々な角度から研究を展開しています。
BDVは主に羊や山羊に感染する病原体です。妊娠羊にウイルスが感染すると、持続感染羊として産出されたり、虚弱で被毛に異常を持った個体として産出されたりと、異常産が生じます。1959年に羊で初めて感染が確認され、その後は、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど多くの国に分布していることが明らかになりました。日本におけるBDVの発生は長い間認められていませんでしたが、2012年に我が国で最初のBDVが豚から分離されたことが報告されました。
当研究分野では、分離されたウイルスの性状解析に協力するとともに(Nagai et al., Journal of Veterinary Diagnostic Investigation 26(4), 547-542, 2014)、日本国内におけるBDVの浸潤状況を把握するために、日本国内から羊の血清を集め、BDVの抗体保有率の調査を行っています。
豚由来細胞に感染したBDVの検出。茶褐色に染まった細胞がBDV感染細胞。豚由来の細胞より、牛由来または羊由来の細胞で良く増殖することが確認された。
離乳した子豚に消耗性の疾病を引き起こす豚サーコウイルス2型(PCV2)は1990年代に新たに見つかった豚の新興感染症の病原体で、瞬く間に全世界に広がりました。2006年にワクチンが開発上市されたことで発病数は顕著に減少しましたが、他病原体との複合感染で重症化したり、持続感染したりするメカニズムは未解明です。また、培養細胞で増えにくいウイルスであるため、ウイルス学的検査や診断にも多くの課題が残されています。
本研究分野では、PCV2の複製メカニズムや培養細胞との相互反応(特に特定の細胞でのみ見られる細胞病原性と自然免疫制御)について解析しています。より効率の良いウイルス培養系を確立し、ウイルス学的診断法の改良や病原学的研究への展開を目指しています。
PCV2感染細胞の細胞死の検出細胞を壊さないことで知られるPCV2が、特定の細胞で細胞死(アポトーシス)を誘導することを発見(左非感染細胞、右PCV感染細胞)。
非感染細胞(青)に比べてPCV2感染細胞(赤)は、形態が変化する前に細胞死と自然免疫に関与するmRNAの発現量が増加。PCV2が細胞病原性を発揮している可能性が高まった。
本研究分野は、上記の他にも国内で慢性的に問題となっている動物の感染症に取り組んでいます。
幼齢期や特定の季節に必発する動物の下痢症は、家庭動物や産業動物など問わず慢性的な問題となっています。下痢便を収集し、他大学他機関と共同で下痢に関与するウイルスの同定、流行の解析、疫学解析を主軸とした危害因子の探索に取り組んでいます。
病原ウイルスは自然界のどこに潜んでいるのか?どのように伝播しているのか? などの疑問に答えるため、他機関と共同でウイルス学的検査や疫学解析を進めています。これらを明らかにすることより、感染を未然に防ぐより効率のよい方策が提言できると考えています。
野生偶蹄目(シカ)における牛の病原ウイルス感染状況調査。獣医保健看護学科応用部門の保全生物学研究分野などとの共同調査。
消毒薬の使用は、基本的衛生対策として欠かせません。一方で、消毒薬を用いる野外環境の条件(気温、湿度、消毒対象物など)によっては期待する消毒効果が得られないことが危惧されています。本研究分野では、実際に消毒薬を用いる野外状況を模した条件を設定し、消毒薬の効果(ウイルスを不活化する能力)がどれほど低減するかについて調査しています。
極寒地域における消毒薬の使用実態についての調査風景。消毒薬が凍らない対策が効果にどのように影響するかを目的に、実際に他機関の協力のもと実施。
Kaoru Nishine, Hiroshi Aoki, Yoshihiro Sakoda and Akio FukushoField distribution of END phenomenon-negative bovine viral diarrhea virus. Journal of Veterinary Medical Science, in press, 2014.
実験室で継代維持されている牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)株には、同じ株内であっても性状の異なるウイルス(細胞病原性ウイルス、END陽性ウイルス、およびEND陰性ウイルスなど)が含まれていることが知られています。しかし、野外で実際に流行しているウイルス株がどのようなウイルスで構成されているかは未知でした。そこで、野外から検出されたウイルス45株を収集し、それぞれの株内に含まれる性状の異なるウイルスの割合を求めました。その結果、野外株の多くがEND陽性ウイルスを優勢に含んでいるものの、ほとんどの株がEND陰性ウイルスも含んでおり、それらの構成比も様々であることが明らかになりました。特に、これまで稀な存在と考えられていたEND陰性ウイルスを優勢に含む野外株が発見されたことは新たな知見です。また、性状の異なるウイルスが混在することによって発病や病勢が多様になる可能性があり、今後さらなる研究が必要です。
表. ウイルス構成によるBVDV野外分離株の分類
分離株内のウイルス構成 | 地域 | 合計(%) | |||
A | B | C | |||
END陽性とEND陰性が同等 | 4 | 0 | 3 | 7 | 15.6 |
END陰性のみまたは優勢 | 8 | 19 | 8 | 35 | 77.8 |
END陰性のみ | 2 | 0 | 0 | 2 | 4.4 |
細胞病原性 | 0 | 1 | 0 | 1 | 2.2 |
合計 | 14 | 20 | 11 | 45 | 100 |
END陰性ウイルスの検出END陰性ウイルス感染が青い斑点(プラック)となって現れる。ウイルス1粒子から1個のプラックができるため、ウイルス量を測定できる。
国内で流行し、慢性的な被害をもたらしている牛ウイルス性下痢ウイルス感染症について研究しています。本疾病は下痢のみならず様々な症状を示し、さらに持続感染牛の娩出と致死性の病態(粘膜病)が特徴的ですが、それらがどのようにして起こるかについてはまだまだ不明な点がたくさんあります。そこで私は、培養技術やバイオ技術などを駆使してその実態解明に取り組んでいます。非常に難しく試行錯誤の毎日ですし、研究界の厳しさに対しても忍耐力が求められますが、病気を知れば知るほど、新しいことが判明するほどに「やりがい」を感じています。また、実際に動物業界が抱える感染症の問題を知ると、気が引き締まります。この感染症から日本の畜産業を守ることに繋がる研究を心がけ、研究の成果の公表はもちろん、研究活動を通して得られた知見やスキルを活かし、動物保健衛生の専門家として社会貢献したいと思っています。
・農林水産省レギュレトリーサイエンス新技術開発事業「畜産農場における食中毒菌汚染低減に向けた野生動物の侵入防止対策及び衛生害虫のまん延防止策の確立」(平成26年度~分担研究)
・農林水産省レギュレトリーサイエンス新技術開発事業「口蹄疫の伝播リスクと防疫措置の評価に関する疫学的研究」(平成23~25年度分担研究)
・厚生労働科学研究補助金・食の安全確保推進研究事業「野生鳥獣由来食肉の安全性確保に関する研究」(平成23~25年度分担研究)
・科学研究費補助金(若手研究(B))「牛ウイルス性下痢ウイルスの持続感染に係るウイルス間相互反応と自然免疫制御の解明」(平成22~24年度研究代表)
・科学研究費補助金(基盤研究(B))「豚コレラウイルスの病原性に関与する自然免疫回避機構の解明」(平成19~21年度分担研究)
・民間活力を利用した畜産技術開発事業「豚コレラ清浄性維持確認のための調査に必要なペスチウイルスの抗体識別技術の開発」(平成19~21年度分担研究)