当教室の研究は、様々な食品のおいしさの原因を明らかにすることをメインテーマとし、学部生(3、4年生)と大学院生が教員とともに進めています。 学生は、この過程で研究の進め方を学び、機器分析能力と官能評価能力(実際に食品を食べて味、香り、食感の特徴を判定する能力)を高め、大学院や企業の研究開発分野で活躍する能力を付けることができます。 2017年4月より小林優多郎講師が加わり、研究・教育の新たな展開を進めています。
これまでの研究の結果、以下のことを明らかにしました。
1)高級牛肉とされる霜降り和牛肉(脂肪が赤身の中に細かく入っています)のおいしさの主な原因は、酸素存在下で熟成(と殺後0-4℃で数週間貯蔵すること)した後の加熱で生じるコクのある甘い香り(和牛(わぎゅう)香(こう)といいます)にあること、また、その香りには桃やココナッツ様の甘い香りを持つラクトン類などの複数の化合物が組み合わさって形成されていることを明らかにしました。
2)地鶏肉として有名な名古屋コーチンや合鴨の肉のおいしさは、普通の鶏肉にはない特有な香り(名古屋コーチン臭といいます)と歯ごたえに原因があることを明らかにしました。
3)缶詰牛肉に特有なおいしさは香ばしいコクのある香り(レトルト加熱牛肉臭)にあることを見出し、その香りの寄与成分の候補はピラジン類であることを示しました。
4)イカ肉を真空調理すると外套膜に横方向に軟らかくなること、そしてその原因はアクチンが筋原線維から遊離してくることにあることを明らかにしました。
5)イノシン酸がアクトミオシンをアクチンとミオシンに解離させることが畜肉の解硬(硬直が解けて軟らかくなること)を引き起こす原因の一つである可能性を示しました。
研究室の室員は、「さまざまなおいしい食品を食べること」、「おいしさの謎への知的なチャレンジ」、「室員同士の交流」という3つの楽しみを日々味わっています。
アクトミオシン活性測定の様子
香気成分測定の様子
当教室で行われた和牛香の研究については、下記のホームページで紹介されています。また、当教室教員が登場するマンガでもわかりやすく解説されていますのでご覧下さい。
[関連サイト]松阪牛協議会
和牛の美味しさは香りが決め手[gooヘスルケア掲載記事]
「口の中でとろける!霜降り和牛のおいしさの秘密とは?」当教室の研究は3、4年生の卒業論文研究、あるいは、大学院生の修士論文研究として、教員とともに進めています。機器分析や官能評価などは、マンツーマン指導方式で行っていますが、ほかに一斉教育として毎週セミナーを行っています。ここでは、研究の背景の理解と英語能力の向上を目的に、英国の食品化学の教科書の輪読、英語文献の解説、専用教材を用いた英語リスニング・音読を行っています。さらに様々な社会現象に興味を持ち、それらの分析判断力をつけさせるために新聞の社説を使っての討論を行っています。また、研究の経過報告と卒業論文発表会も行っています。大学院生については、研究の背景を理解し、実験を組み立て、結果を外部に発表するために、上記のセミナーとは別に、研究に関連した英語論文を精読する特別セミナーを行っています。
これらの結果として、学部学生は卒業後に本学あるいは国公立大学の大学院に進学したり、企業の研究開発部門で活躍したりする人が比較的多くなっています。大学院博士前期課程修了後は食品関連企業に就職しています。その後、企業の要請を受けて社会人枠の博士課程に入り、すでに博士号を取得した者が3名おります。また、国公立大学の大学院で博士号を取得し、大学の教員となっている者も1名おります。
予備的な実験で、牛肉に食物繊維を添加して製造したビーフジャーキ―が、健康効果ばかりでなく、脂質酸化が抑制されて保存性が高くなる可能性が示されました。その保存性が高くなることの再現性を確認し、そのメカニズムを調べます。このテーマは乳肉利用学教室との共同研究です。
ハンバーグを作るときに、挽肉は氷で冷やして捏ねた方がよいと言われていますが、なぜそうなのかを、食肉タンパク質の構造変化や変性の面から調べます。また、やわらかい挽肉の塊をしっかり捏ねた挽肉で包んで作ったハンバーグはおいしいと言われていますが、これの理由を物性測定により調べ、さらにおいしいハンバーグの開発を目指します。
現在までの当教室の研究テーマは「食品のおいしさに関わる諸問題」であり、各種の食品のおいしさを構成している味、香り、食感などの内容を化学的に明らかにするとともに、それらが食品の熟成、貯蔵、加工、調理によってどのように変化し、おいしさの向上や場合によっては低下をもたらすのかを明らかにしてきました。これまでに明らかにしてきたことと現状は以下の通りです。
わが国の2000世帯を対象とした嗜好調査では、霜降り牛肉である黒毛和牛肉をおいしいとする世帯が82%であり、輸入牛肉をおいしいとする世帯はわずか3%弱です。つまり、わが国では圧倒的な和牛肉志向です。当教室はこの原因解明にとりかかり、和牛肉のみに熟成後の加熱で発生するコクのある甘い香りが、おいしいと判定される主原因であることをまず明らかにし、この香りを和牛(わぎゅう)香(こう)(煮牛肉熟成香ともいう)と命名しました。さらに、和牛香は、赤身肉と霜降りの脂肪と酸素との反応で生成することも解明しました。この発見に基づいて、和牛香を純酸素ガスを用いて増強する方法を発明し特許を取得しました。さらに、全く和牛香を持たない輸入牛肉に和牛香を賦与する特殊加工法を発明し特許を取得しました。 和牛肉の香気成分をガスクロマトグラフィー-質量分析計で分析し、和牛香が単一成分ではなく、脂っぽい香りをもつ数種の化合物に、桃やココナッツ様の甘い香りをもつ数種のラクトン類と肉様の香りを持つある種の成分が組み合わさって形成されるとの推定に至っております。現在はそれらの成分の生成機構の解明に努めています。
近年市場によく出回っている地鶏肉として有名な名古屋コーチンと合鴨(アヒル雌と鴨雄の一代雑種)には、ブロイラーにはないおいしさがあるとされています。当教室ではそのおいしさの原因解明を、味、香り、食感に注目して試みました。その結果、名古屋コーチンには、チキン臭とは異なる特有の名古屋コーチン臭と呼ぶべき香りがあり、合鴨にもこの香りと同質のより強い香りがあることを明らかにしました。味質に差がないことから、この特有の香りがおいしさの主原因であると推定しました。 現在は、その香気成分の特定を試みております。
過去20年ほどの期間で見ると、生産量が減少傾向にあるにもかかわらず、近年、缶詰牛肉(牛肉大和煮、コーンビーフ)の生産は横ばいになっており、決してなくなることはありません。これは非常食としての有用性だけではなく、固有のおいしさがあるためであると考えられました。その原因を調べた結果、その一つは香ばしいコクのある香り(レトルト加熱牛肉臭)にあることを見出しました。また、その香りの寄与成分の候補はピラジン類であることを示しました。
真空調理はフランスで始まった調理法で、食材を真空包装して、比較的低温(60~65℃)で長時間加熱する方法です。この方法により、食肉や海産物が軟らかくなることは知られていましたが、そのメカニズムはわかっていませんでした。われわれは、イカ肉がその外套膜の横方向に特に軟らかくなることを見出し、その原因を追究しました。その結果、筋肉タンパク質のアクチン(ミオシンともに収縮に関わる)が筋原線維から遊離することが軟らかくなる原因であることを突き止めました。
イノシン酸はもともと食肉に含まれているうま味を持った物質として知られています。ところが、このイノシン酸は、4)のイカの筋原線維からアクチンを遊離させる因子であることが分かりました。また、これは、畜肉(牛肉や鶏肉など)の筋原線維の中に組み込まれているアクトミオシンをアクチンとミオシンに解離させることが明らかになりました。こうしたことから、イノシン酸はと畜後の死後硬直で一旦硬くなった食肉を再び軟らかくする(解硬)の重要な因子の一つであると推定しています。また、イノシン酸はそのアクトミオシン解離作用により、食品添加物のポリリン酸塩(ピロリン酸塩)の代わりにソーセージの製造に使用して保水性・結着性を高めることができることを明らかにしました。現在は、イノシン酸などの各種核酸の作用機構に関する研究を行っています。
これらの他、豚ネック肉(通称豚トロ)のおいしさ因子に関する研究、イノシン酸以外のリン酸塩が食肉タンパク質に及ぼす作用に関する研究なども行っています。
私は、食肉製品のおいしさに関係している食感についての研究をしており、肉の軟化に寄与する因子を明らかにする研究を行なっています。市販されている食肉から筋肉タンパク質を抽出して、肉のテクスチャーを制御する酵素の活性を調べています。まだ誰も解明していない未知なものを明らかにする研究にやりがいを感じています。当教室は自分のペースで進められるのでオンとオフのメリハリをつけやすく、わからないことや実験の相談は先生が解説・アドバイスをして下さるので、プライベートと研究の両立がしやすい環境です。
当教室では、食品のおいしさ(味・香り・食感)の貯蔵、加工、調理などによる変化やそのメカニズムについて、色々な分析装置を使って調べています。実際に食品を食べて、香りや味の評価(官能評価)をする訓練も行っており、食品のおいしさを化学的に研究できる教室です。また、私たちは、今の社会情勢について勉強するために、食品に関することだけなく、様々な社会問題について定期的にディスカッションをしており、社会に出てからも大切な姿勢をしっかりと学ぶことができます。