獣医生理学研究室 Research and faculty introduction

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研究室紹介と研究内容

 獣医生理学研究室は半世紀にわたってラットの系統を維持し、不妊、致死、矮小、てんかん、骨軟骨形成異常、腎不全などの病気を発症する様々な突然変異系統を確立してきました。「動物から学ぶ」を合言葉に、それらのラット系統を維持しながら、それらを題材にして教育と研究を行っています。これまでに、細胞分裂時の紡錘体形成に関わるAstrin/Spag5の異常により生殖腺の形成異常による不妊やネフロン数の減少による慢性腎臓病が引き起こされること、細胞内小胞輸送に関わるGiantinの欠損により細胞外基質の分泌が障害され、重篤な骨軟骨形成不全症が生じること、抗腫瘍因子として注目されているWwoxの異常により海馬に空胞変性を示す聴原性てんかんが発症することなどを初めて明らかにしました。ラットの新規の遺伝性疾患を動物の病気として獣医学的に捉えて学際的な解析を行い、病態モデルとしての意義を見出すと共に原因遺伝子の同定を行うことで、遺伝子の生理機能を解析しています。最近では、見出された原因遺伝子の臓器・細胞レベルでの機能を細胞生物学や遺伝子工学の手法を用いて解析しています。正常な生理機能の諸過程の詳細を異常との対比から明らかにすることを目指しています。

日本獣医生命科学大学 生理学教室のラット突然変異系統開発と解析の歴史

教員紹介

鈴木先生
  • 氏 名鈴木 浩悦
  • 役 職教授
  • 学 位博士(獣医学)
  • 専門分野生理学、遺伝学
研究者情報
片山先生
  • 氏 名片山 健太郎
  • 役 職准教授
  • 学 位博士(学術)
  • 専門分野獣医生理学、動物遺伝学
研究者情報
栃木先生
  • 氏 名栃木 裕貴
  • 役 職准教授
  • 学 位博士(獣医学)
  • 専門分野獣医生理学、動物遺伝学
研究者情報

Close-Up「研究」

生理学研究室のラットの系統とその系統に関して現在行っている研究を紹介します。

性腺形成不全症(hypogonadism: HGNとHGNII)ラット

 精巣形成不全による雄性不妊、卵巣低形成による雌の早期不妊、両側性腎低形成症による慢性腎臓病を発症します。原因遺伝子は連鎖解析と候補遺伝子アプローチにより微小管結合蛋白質のAstrin/Spag5であることが示され、トランスジェニックラットを用いた救済実験により証明されました。現在、精細管形成不全が起こるメカニズムとしてセルトリ細胞の分裂異常に注目して、細胞周期やアポトーシスを解析すると共に、腎臓の発生過程でネフロンの減形成が起こるメカニズム、先天的にネフロン数が減少したときに起こる慢性腎臓病の進行機序、それを軽減する薬物の評価などを行っています。

異常分裂とアポトーシス

トランスジェニックラット(Tg-Spag5)

 性腺形成不全症(HGN)ラットに正常なAstrin/Spag5 cDNAを外部から人為的に導入したラットです。正常なAstrin/Spag5 cDNA が導入されたことにより、Tg-Spag5はHGNが示す雄の不妊や腎臓のネフロン減形成が救済されています。Tg-Spag5には、救済の程度が異なる複数の亜系統がいるため、それらの亜系統が腎臓の病態の程度が異なるモデルとして利用出来るかどうか調べています。また、精巣の発達を経時的に調べ、Astrin/Spag5が精巣の発達のどの段階でのどのようなに働いているのかを調べています。

トランスジェニックラット(Tg-Spag5)

骨軟骨形成不全症(osteochondrodysplasia: OCD)ラット

 全身性の皮下水腫を伴う重篤な骨軟骨形成不全症を示し、生後すぐに呼吸不全で死亡します。原因遺伝子はgiantinであることが分かっています。giantinは細胞内での物質の輸送に関与するタンパク質であり、OCDでは突然変異によりgiantinを欠損するため、軟骨基質の細胞内での輸送および分泌が正常に行われないために骨軟骨形成不全症を呈すると考えらます。現在、1)軟骨基質の細胞内輸送においてgiantinがどのように機能しているのか、2)giantinの欠損により、なぜ全身性の皮下水腫を生じるのか、についての解析を進めています。

骨軟骨形成不全症(osteochondrodysplasia: OCD)ラット

てんかんを併発する致死性の矮小(lethal dwarfism with epilepsy: LDE)ラット

 生後の成長遅延が著しく、その後てんかん発作を示す様になります。離乳前後の発症ラットを高周波に曝露すると、wild running発作(ケージ内を走り回る)から全般化した強直性間代性けいれん発作が誘発されます。原因遺伝子は染色体脆弱部(変異の起こりやすい領域)に存在するWwoxで、様々な腫瘍で変異しているため抗腫瘍因子と考えられています。私たちが報告するまでは、脳神経疾患の原因遺伝子としては登録されていませんでした。最近になって人のてんかんや精神遅滞を伴う運動失調症の中にWwox遺伝子の異常に起因するものがあることが報告されました。LDEラットの脳では細胞数が減少しており、海馬に空胞変性が見られます。Wwoxの欠損によりどの様なメカニズムで脳病変やてんかんを生じるのかを解析することで、脳神経系でのWwoxの機能を明らかにしたいと考えています。

てんかんを併発する致死性の矮小(lethal dwarfism with epilepsy: LDE)ラット

胸腺低形成症を付随する半致死性(petit: PET)ラット

 出生時から正常より体が小さく、成熟しても正常個体と比較して明らかに体は小さいラットです。また、胸腺の著しい低形成も呈します。最近、原因と考えられる遺伝子の突然変異が同定されました。原因と考えられる遺伝子の機能は全く分かっていないため、PETラットを用いた研究から、体成長および胸腺の形成に関わる新たな分子機構を明らかに出来ると考えています。

胸腺低形成症を付随する半致死性(petit: PET)ラット

泌尿生殖器異常症(片側腎欠損症、Unilateral Urogenital Anomalies: UUA)ラット

 左側の腎臓を欠損し、雄では同側の精巣が下降せずに腹腔内に残る潜伏精巣を示します。雌では、同側の子宮角が様々な程度で欠損します。多因子遺伝で発症しますが、主要な原因遺伝子は8番染色体上にあることが分かっています。一般に片側の腎臓を摘出しても動物の生存に影響がないと言われていますが、先天的に片側腎を欠損するこの系統では、残存腎が代償的に肥大し、加齢期に病理学的な変化が観察されます。片側腎が欠損するメカニズムと残存腎の病態進行の解析が主なテーマです。

水腎症(Hydronephrosis; HN)ラット

 両側または片側の腎臓内に尿が貯留し、重篤な場合はほとんど腎臓の組織を失って皮膜だけとなって膨らみます。おそらく、尿管での尿の輸送(蠕動運動)に異常があり、尿の貯留に伴って髄質側から細胞が失われることで生じると考えられます。水腎症の発生メカニズムの解析や病態進行阻止の方法の検討に利用できると考えています。

ウォルフ管由来臓器の低形成または欠損を伴う異常小精巣(TW)ラット

 精巣で産生された精子が体外に射出されるまでの間に通過する精巣上体や精管の欠損および萎縮した小精巣を呈する突然変異ラットです。欠損の程度は片側の部分欠損から両側の完全欠損まで様々です。現在、精巣上体の欠損がどの時期から生じているのか、また、欠損を生じる機構を調べています。

ウォルフ管由来臓器の低形成または欠損を伴う異常小精巣(TW)ラット

学生からの一言

安田 英紀 (獣医学専攻博士課程2年次)

 獣医生理学教室は、実験動物の繁殖から臨床検査、病理、生化学的検査など様々な手法を駆使して1つの病気と向き合いながらステップアップして行ける研究室です。私は学部時代から現在まで獣医生理学教室に所属し、腎不全に関する研究を行っています。慢性腎臓病の予後や発病に関わる因子の1つとしてネフロンの数が挙げられ、先天的あるいは後天的にネフロン数が減少した場合、残存ネフロンが代償的に肥大しますが、失われたネフロンは再生されず腎臓の機能は徐々に低下して行きます。そこで、私は先天的にネフロン数が低下した自然突然変異ラットを使い、その解析から慢性腎臓病の原因となる遺伝的なメカニズムや治療法を調べています。自身の研究を通じて、未知の生理現象や、新たな治療法などを発信していければと考えています。

伊藤 順也 (獣医学科6年次)

 獣医生理学教室では、オリジナルのミュータントラットを用いて、原因遺伝子の解明から病態解析まで広範な研究を行っています。私の研究対象は、胸腺低形成を伴う矮小症ラットの原因遺伝子を特定することです。現在、連鎖解析により得られた約70の候補遺伝子から検証に値する極めて有力な遺伝子を発見したため、今後はこの遺伝子がコードするタンパク質の機能解析を実施する予定です。本教室では、学生主体で実験を行っており、実験を通じてロジカルシンキングを鍛えることができます。このような能力は暗記中心の講義では得られないものであると同時に、職種を問わず獣医師として生涯役に立つものであると思います。

佐野 匡謙 (獣医学科5年次)

 獣医生理学教室では様々な遺伝子異常をもつ独自のラットを維持・管理しており、それらのラットを用いて研究を行っています。私が維持管理している性腺低形成症ラットは細胞分裂周期の分裂期に重要な働きをする遺伝子に変異をもち、精巣や卵巣の低形成、腎臓の低形成症による進行性の腎不全症等が起こるとされています。現在は卒業研究としてこの動物の病態発生メカニズムに関する研究を行っています。研究室に入室する前までは小動物臨床の分野にしか興味がなかったのですが、研究室で先生方や先輩方から様々な事を教えて頂き、それまで知らなかった基礎研究の面白さ、やりがいを知ることができ獣医師としての将来の選択の幅を広げられたと思います。実験の失敗やゼミでの発表など、大変な事も多いですが、学生のために頑張ってくれる先生や個性的で愉快な室員ばかりのとても雰囲気の良い研究室です。