野生動物学研究室は、1984年にわが国の獣医系大学では初めて開設された野生動物学の専門講座です。
わが国では、現在、ニホンジカ、イノシシ、ニホンザルといった野生動物による一次産業への被害問題は大変深刻で、農作物被害額だけでも200億円を超えています。さらに、近年では外来動物の野生化によって、地域在来の生態系や人の生活がおびやかされることが問題視されています。一方、日本列島は、世界的にみても多くの固有種が生息していますが、2012年の環境省レッドリストによると哺乳類の21%、鳥類の14%に絶滅のおそれがあることがわかります。これらの問題に加え、野生動物だけではなく、飼育動物を含めた動物と人間との関係性から、共通の感染症や環境中の化学汚染物質が、すべての生命の健康へ影響を与えうることが危惧されています。
これまで私たちの研究室では、人と野生動物の間に起きる問題を、科学的にとらえ研究してきました。その例をいくつか挙げると、群馬県におけるニホンザルの群れ管理技術の開発に関する研究、絶滅が危惧されるツシマヤマネコの回復に関する研究、野生化した外来動物アライグマの生殖生物学的研究、福島県に生息するニホンザルの原発災害による健康被害に関する研究などがあります。
種々の問題解決のためには、まず機能形態学、生殖生物学、行動生態学などを応用して野生動物の基本的な生態を調べることから始まります。次に、個体群動態学、保全生態学、野生動物管理学などの知識や技術を応用し、実践的な対策を検討していきます。このように野生動物学では、対象とするテーマに合わせ、幅広い学問分野を包括的に扱って研究しています。また、野外での調査実習を毎年実施し、研究室所属学生が野外で調査研究に取り組むにあたって必要な知識や技術を身につけてもらっています。
本学は2009年度に「野生動物対策推進に関する包括連携協定」を群馬県と締結し、さらに、2014年度に「希少動物の保全、研究及び教育に関する基本協定」を公益財団法人・東京動物園協会と締結しました。わが国の野生動物学を今後ますます発展させられるよう、広く社会と連携して積極的な活動に励んでいきます。
「破壊の世紀」から「再生の世紀」へ――獣害問題、外来動物問題、共通感染症問題…
さまざまな野生動物問題は、すべて人間社会が生み出したものである。
社会問題化した野生動物問題とおよそ40年にわたり格闘を続けてきた研究者からの
熱きメッセージ。
(野生動物問題への挑戦 羽山伸一著,出版社東京大学出版会/ 定価2,700円(税抜))
私は、この研究室でツシマヤマネコの糞中に含まれるDNAを用いた雌雄判別と個体識別の研究を行っています。ツシマヤマネコは環境省レッドデータブックにおいて絶滅危惧IA類に指定されている希少種で、現在も交通事故や生息地の減少などにより個体数は減少傾向にあります。さらに、繁殖状況や個体の生息域などの基本的知見も不足しており、これらの情報の収集も必要とされています。この点において、DNAを用いた解析は野生個体の生態を把握する新たな手法として、今後の保護対策に活かせると考えています。
卒論の研究のほかにも、研究室全体で行う野外調査の実習やゼミ発表を通して、幅広く野生動物について学ぶことができます。長期休暇には様々な野外調査に参加でき、野生動物学研究室に入った醍醐味を感じています。